Side悠木

「私たちは、脳という貯蔵庫の中に押し込んだ、記憶と名付けられた様々なもの……言語、映像、音、匂い……を引き出しながら日常を営んでいる。

目が覚めてから、目の前の世界がどこかを、引き出す。

目の前の世界にいる自分が何者であるかを引き出す。

その世界の歩き方を引き出す。

さらに、すれ違った人が自分とどんな関係性なのか……普段から会う人なのかそうじゃない人なのかから始まり、その人の役割、名前までを引き出す。

それから……自分の過去の情報を引き出し、次の行動を作り、さらに未来を予測する。

そうして、私たちはまた、私たちを積み上げていく。

積み重ねてきた記憶が、より新しい記憶を積み上げる。

それが……今私たちが無意識に繰り返していることだ。

その当たり前がもし……急に無くなったとした、君たちはどうなると思うかい?

目が覚めた瞬間、何も分からなかったら?

会う人のことが分からなかったら?

さらに、積み上げらるはずだった記憶が上手く重ならず、自分にとっての未来が作ることができなくなるとしたら?

私が凪波さんにしようとしていることは、その当たり前に見えている景色を全て、壊す可能性が高いことだ。

だから……改めて、彼女に確認をした。

君という人間を、2度と取り戻せなくなる可能性がある。

下手をすれば、人間として存在するために必要な機能すら、止まる可能性もある。

今の君を愛する者は、今の君を永遠に失う可能性がある。

本当にそれでもいいのか、と。

……彼女は、笑った。

それが、私の望みです……と」