Side悠木

「凪波さんは、少し前に恋人と暮らしていた家から出て、この地に来るまで……ふらふらと彷徨っていたそうだ。

恋人というのは誰か、言うまでもないな。

そう、君の事だ。

一路朔夜君。

君が知りたいと強く願い続けた、君の家を出て行った彼女の話だ。

よく聞くがいい。

私は1度だけ、確認をした。

恋人に連絡を取り、迎えに来てもらおうか、と。

彼女は首を振ったよ。

彼には、2度と会う資格はないと。

何故か、と聞いたが、ちゃんとした答えは返ってこなかった。

その代わりに、彼女はこう言ったんだ。

自分のところに来てしまった子供を、自分が死なせたから死んで償いたい……とね。

それで……ほら、彼女は……海の名前だろう?

凪いだ波。

穏やかに、平和に生きることを願ってつけられたかのようだね。

その意味は、彼女にとっては皮肉でしかなかったようだがね……。

……失礼。

今この話には関係ないな。

彼女は、死に場所を海と、初めから決めていたそうだ。

ただ、自分が死ぬ海を探し歩いていたらしい。

それでようやく見つけた、というのが……あそこの崖だった……というわけさ。

そんな死を止めてしまったのが、私というわけさ。

この時には、すでに私が医師だということは、分かっていたからね。

彼女は、私に安楽死はできないのかを聞いてきたよ。

それは暗に、私に対する抗議の意図も、あったのかもしれない。

何故私を、そのまま楽に死なせてくれなかったのか……というね……」