Side悠木

「その日は……そうだ。嵐が来る予報が出ていた日だったかな……空気がいつもと違って生温かく、ジメジメしていたのを覚えているよ。

私は、毎朝、太陽が昇る前に起床をしてからすぐ、そこの崖を見にいくんだよ。

日の出を見ながら瞑想をすることが、私の日課なんだ。

瞑想は素晴らしい。

脳に溜まった忌々しい老廃物がすっと溶けていくように無くなっていくからな。

君たちも、朝試してみると良い。見える世界が変わる。初めてそれを知った時には、とても感動をした。

……すまない、少し話が逸れてしまったな……。

あそこの崖から、何が見えると思う?

海と宇宙。

ただそれだけだ。

でも、海も宇宙も、私たちの祖先……父であり、母だ。

そんな私達の魂の源は、日に日に顔を変えていく。

ある時は、優しく穏やかに、私達の全てを受け止めてくれる。

だが、一方で……全てを拒絶するかのように激しく私達を拒絶する。

私は、そんな海と宇宙の顔を見るのが何より好きなんだ。

あの日は……まさに拒絶の世界が広がっていたな。

波も酷く荒れていて、宇宙もまた、雲に覆われて真実の姿は見えそうになった。

そんな姿もまた、私の心を興奮させるんだよ。

ただ……あの崖は行ってみれば分かるが……塀もなく、誰でも絶壁に立つことができる。

強風に煽られてしまえば、すぐ海の底。

天国と地獄の境目が、もしかするとあれに近いのかもしれないね……。

そんな場所にね、彼女が寂しそうな目をして立っていたんだ。

荷物はほとんど持っていなかった。

私は、気になってしばらく観察をすることにしたんだよ。

長い彼女の髪が、顔にかかるのも気にせず、彼女は微動だにしなかった。

普段だったら、きっとそのまま通り過ぎたかもしれないね。

でも、その日は間も無く嵐が来ると言う日だ。

それも朝。

荷物もない。

……私は胸騒ぎがしたよ。

1度通り過ぎたが、また彼女の方に戻ったんだ。

すると……彼女の声が聞こえたんだ。

泣いている声が。

ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も繰り返しつぶやいていたよ。

空に向かって。

その時の宇宙には、天使の梯子と呼ばれる、儚くも激しく美しい光が差し込んでいた。

私は、彼女に話しかけようとした。

ところが、彼女は私が手を伸ばした瞬間……自ら海に身を投げ込んだ。

足元にこの母子手帳を残して」