Side朝陽

「おい、藤岡！」

俺は藤岡の両肩を掴んでしまう。

「痛いっ……！」
「あ、悪い……」

つい、力んでしまったようだ。
藤岡から手を離すと、痛みは緩和されたような表情をしたものの、苦しげな顔は変わらなかった。

「藤岡……お前、悠木先生の何を知ってるんだ？凪波が記憶を消すように先生に頼んだって、どう言う事なんだよ！なあ！」

俺が聞くと、藤岡は首を横に振った。

「私からではなく……悠木先生……やっぱり、あなたから話してください」
「君は、私のことを良く知っているようだから、君から話してくれてもいいのだよ？」
「いえ……私からは……やっぱり……。お願いします……私にはできません……」

藤岡は、口をつぐみ、すやすや眠っている葉を強く抱きしめた。
まるで、すがるかのように。

藤岡は、さっき言っていた。
自殺の原因に関わる記憶を全て封印する手術を悠木先生がしたと。
それがアメリカのニュースになり、藤岡が偶然目にしていた。

藤岡にとって、悠木先生との繋がりは、それだけ……単なる知識だけのはずだと、思っていた。

じゃあ……藤岡はどうしてこんなにも怯えている？
震えている？
藤岡は一体、何を知っているんだ！？

「……なるほど。やはり実鳥さん。君とはちゃんと時間をとって話さないといけなさそうだ」

悠木先生はそう言うと、懐からスマホを取り出し、どこかに電話をかけた。

「ああ、私だ。この後客人をテラスに通すから、茶の準備を頼む。……ああ……そうだな……子供もいるから……。そこは君の方が分かるだろう？それでは、頼む」

一体誰にかけたんだろう……？
ここに俺達を連れてきた、山田と名乗る執事だろうか……？

「すまない。話の途中だったな。さて……どこから話すべきか……」

悠木はそう言うと、ぐったりしている一路に目線をやった。

「では一路君。君から聞こうか」

一路が空な目で悠木先生を見ている。
感情が、消えている目。
ゆっくりと、一路は口を開く。

「彼女は……元に戻るのか……？」

悠木先生は、じっと、一路を見下げる。
一路は、荒い息遣いを繰り返す。
お互いが無言の時間が、しばらく続いた。
まるで、このまま時が止まってしまうかと、思った。
それから悠木先生は、一路の前までゆっくり歩き、しゃがむ。
一路と悠木先生の目線が合っているようだが、一路の目に悠木先生は映っていないようだった。
それを確認したかのように、悠木先生はふっと、口角を上げるだけの微笑を浮かべた。

「無理だ。彼女はもう……君が愛する彼女には戻らない」

言葉が……そして笑顔が……俺を再びゾッとさせる。