Side実鳥

「それで……実鳥さん?私に、聞きたいことがあるのでは?」
「あ……」

いけない。
つい、動揺してしまった。
言わなきゃと思っていたことが、危うくすっぽり抜けそうになっていた。

「悠木先生。凪波はどうして、先生を頼ったんですか」
「その言い回し……君は、私のことを知っているのかい?」
「あ……」

しまった……。

「その……WEBニュースで……1度だけ……偶然見つけて……」
「ほう……?翻訳されなかった、ローカルニュースだったと思うが……それを……偶然……?」
「っ……!!」
「君は……随分とコアな記事まで読むんだな。検索ワードはそうだな……memory、trauma、healing、そしてamnesia……といったところか……」

私は、答えられなかった。
一言でも何かを言うと、自分の心の奥底に閉じ込めたものが、噴き出てきそうだった。
だけど。
私の数秒程度の無言の後で、悠木先生は、左側の口角を怪しく上げた。

「沈黙は肯定と捉えられる。……気をつけたまえ。そうだな……この件は別で時間を取ろうか。執事に美味しいアフタヌーンティーでも用意させて、じっくりと……」

この、悠木先生の言い回し。
気づかれた。
自分が、悠木先生の情報を自分から検索をしたことを。
悠木先生が、私に手を伸ばしてきた。
頭に触れようとした。
その時。
ぱしんっと乾いた音が響く。
私と悠木先生の前に海原が入り込み、悠木先生の手を跳ね除けていた。

「藤岡に何をする気ですか……!」

「何もしないよ。私は随分と君の中での信用が下がったようだな」

藤岡は、私と悠木先生が距離をもう少し取れるようにと、少しずつ後ろに下がってきた。
私も合わせて、一歩二歩下がる。

「そうだ、何の話だったかな……ああ、凪波さんが僕を頼った理由で、間違いないかな」

誰も、声をあげない。
誰かの、息を飲む音だけが聞こえる。

「実鳥さん、君ならもう分かっているんだろう?」

やっぱり……そうなのか……。
私の当たってほしくなかった、仮説。

「藤岡……どういうことだ……?」

海原が、不安そうに私を見ている。
そしてもう1人……。
一路朔夜が、私を見つめている。
ほとんど光を宿さない目。
でも、ほんの一筋、希望が宿る。
そんな一路朔夜に対して、私は今、彼に絶望を突きつけることになるのだろう。

「凪波は、自分から悠木先生に記憶を消して欲しいと……頼んだ」