Side実鳥

やっぱり……そうだったのか……。
凪波が自分の意思で、ここに来たというのなら。
この人に奇跡を求めたと言うのなら。

「悠木先生」
「何か質問かね……?ええと……」
「藤岡です。藤岡実鳥と言います」
「みどり……?……もしかして、鳥の実と書くお名前ですか?」
「はい……そうですけど……」

どうして、この人が、私なんかの名前を知っているのだろう?
まさか……あの日会った人が私のこと何か話したのではないだろうか。
私は、身構えて、悠木先生から出る次の言葉を待った。

「凪波さんが教えてくれたよ。君のことを」
「え……?」

想像していた答えとは違ったので、一瞬ほっとしたものの、次返ってきた言葉は、もっと私を驚かせた。

「もし、自分のことを、どうしても誰かに伝えないといけないのなら、故郷にいる藤岡実鳥にしてくれと……」
「何で……私……」
「それは、彼女にしか分からない。私はただ、了承しただけだ。もっと後に君には会いに行く予定あったんだが……まさかこんなところで、君に会うことになるとはな……。運命とは……本当に……面白いものだ」

悠木先生は、くくくと喉を鳴らすように笑う。

私は海原の近くにいる一路朔夜を見た。
ずっと声優雑誌や動画の中で見てきた人。
全世界の女性が、一度はこの声の恋人になって愛されたいと……望んだであろう人が、自分の目の前に立っている。

普段の自分であれば、その神々しさに目を瞑りたくなったであろうが、残念ながら今はそんな空気ではない。

そうか……この人が、凪波のこれまでの10年を知っているのか……。
一路朔夜を今まで、自分の世界にとっては飾りのようだと思っていたので、言葉にすることが難しい、複雑な想いが芽生えた。

この人がきっかけで、凪波が悠木先生に奇跡を望んだのだとしたら。
私は、この人の事を憎まずにいられるだろうか。