Side朔夜

「……聞こえているな……一路朔夜くん」

そう問いかける悠木に対し、僕は、息を出すだけの返事をするしか出来ない。

「それでは……始めようか。君たちへの素晴らしい提案を」

悠木は……まるで演説シーンを演じる大物俳優かのようなオーバーリアクションで、僕たちに語り始める。

「提案……?」

海原がそれに答えた。
最初聞いた時は、年齢の割には頼りなげな声だと思っていたが……今は僕よりも芯の通った声をしている。

「これから先、人類のための素晴らしい成果を生み出すためのものだ」

人類のため……?
素晴らしい成果を生み出すため……?
そんなもののために……!?

「……彼女を手放して、私にくれないか」
「ふざけるな!!!」

僕は、僕の体を支えている海原を突き飛ばし、そのまま悠木に殴りかかろうとしていた。

「おい一路!!やめろ!」
「離せ!!」

海原が僕を羽交い締めにして、悠木と俺の距離が近づかないようにした。

「離せ海原!!この男……この男だけは……!!!」
「ふむ……そうか……」

悠木は懐から、先ほど僕に打った注射器を取り出した。

「ああそうか……。この薬のせいかな。君の興奮状態の理由は」
「先生……それは一体……」

海原が、僕の代わりに聞いた。

「ちょっとした興奮剤だ。ここからの話は、彼にもちゃんと聞いておいてもらわないといけなかったからね」

そういえば、さっき腕に痛みが走った。
薬が入れられたことは、気づかなかった。
だけど今、ますます体が熱くなってくると同時に、目の前の男への怒りの気持ちが抑えられない。

「でもそうか……もう少し分量を調節しないといけなかったんだな……次からは、もう少し慎重に打たないといけないな……」

そう言うと、悠木は注射器を懐にしまい、また別の注射器を取り出した。

「やっぱり……少しぼんやりしているくらいの方が……君にはちゃんと聞いてもらえるのかな?」

悠木は、僕の顔に、注射器の針を向けた。
ぽたりと、色味もない透き通った透明な水分が1滴、2滴と僕の前に落ちた。