Side朔夜

あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

「……やあ……起きているか?」

……声は聞こえる。
悠木の声だ。
振り返らないといけないはずなのに。
体が動かない……。

「そうか。薬が効いてきてしまったんだな」

……薬?

「君には、声を使われては困るからな……少しだけ体を痺れさせる薬を使わせてもらったよ」

……声?
悠木が言った事の意味を考えようと思っても、脳内にモヤがかかる。
ただ、呼吸をして、目に光を入れようとすることで、今の体は精一杯……。

「君に良いものを見せてあげよう」

悠木先生が、俺にタブレット端末を見せてきた。
海原が映っていた。

「どうだ?」

……何がだ……。

「ああ、良い。無理して答えなくても。そのまま私の話だけ聞いてくれれば」

悠木はそう言うと、俺の耳元で、ねちっこいほどゆっくり、語りかけてきた。

「彼は、実に素晴らしい人柄をしている。人への気遣いをどんな時でも忘れない。彼こそ、凪波さんを幸せにできる男性かもしれない」

………この人は……何を言っているのだろう……。
そんな事を俺に言って、どうしたいのだろう……。
悠木の目も、口元も見えない。
ただ、声だけを頼りに、意図を測るしかないというのに、全く頭が働かない。

「君は……どうだ?彼女は自分の意思で君の元から去っていったんだろう?」

違う……そうじゃない……。

「君は彼女に捨てられた男だ」

違う……違う違う違う!!!

「置いていかれたことを認められない、哀れな男だ」
「違うっ!!!」

ようやく、声を出せた。
自分でもこんな声を出せたのか……と驚いた。
自分でも初めて聞く、地を切り裂くかのような深い音。
今まで演技をする時に出したいと思っても、出せなかった音。

悠木は……はははっと、笑った。
僕を見下すかのように。
そして、言った。

「君は、彼女のために苦しむべき男だ」

と。