Side朝陽

「あれは……本当に凪波なんですか……」
「ん?」
「……人体模型みたいになっている……あれは本当に凪波なんですか」

ガラスの向こう側に横たわっている、脳がむき出しになっている、表情の一切が消え失せた、凪波らしき女性。
俺は、あれが凪波のようには、どうしても思えない。

「君には、そう、見えないのか?」

見える、と答えてしまうと、何かが壊れる気がした。
だから黙っていると

「少なくとも、彼は、すぐに気づいたよ」

彼が誰を指しているかはすぐ分かる。
その言葉が、俺の抑えきれない感情をどんどんむき出しにさせていく。
悠木先生は、俺の耳元に唇を近づけて

「君は、実はそこまで彼女のことを愛していないのではないか?」
「やめろ!!!!!」

その言葉を聞いた瞬間、俺は悠木先生を殴り飛ばす。
どさっと悠木先生が床に倒れる。

「うわーん!!!!」

葉が泣き出した声で、俺は我に返る。

「あっ……俺……」
「くくく……余裕がない男は……本当に、無様だな……」

悠木先生は葉の空間を切り裂くような泣き声にも動じることなく、緩慢に立ち上がる。
そして、藤岡に近づいていく。

「あっ……あの……」

藤岡は、怯えている。
葉をなだめように、腕は無意識に動かしているのだろうが、まるで体が硬直したかのようになっている。

「藤岡に近づくな!!!」

俺がそう叫ぶのと同時に、悠木先生は葉の頭を撫でる。
すると、さっと波が引くように葉の泣き声が病み、そのまますうっと葉が眠りについた。

「な……何を……」

藤岡が、声を震わせている。

「ただ、眠らせただけだ……大人だけの話は子供には良くないからな……」

そう言うと、悠木先生はうつ伏せに倒れている一路朔夜に近づく。

「君には、起きてもらわないと困るんだがな……」

そう言うと、一路朔夜の体を無理やり仰向けにする。

「……聞こえているな……一路朔夜くん」

一路朔夜の荒い息の音が部屋中に響く。
それから、ほんの小さく、一路朔夜は頭を動かした。
頷くように、見えた。

「それでは……始めようか。君たちへの素晴らしい提案を」
「提案……だと?」

俺が聞く。
藤岡は、怯えている。
一路朔夜は、何を考えているのか分からないほど、憔悴している。

「そう。提案だ。この提案は、これから先人類のための素晴らしい成果を生み出すためのものだ」

悠木先生はガラス窓の向こうにいる凪波を指差しながら、信じられない提案をしてきた。

「彼女を手放して、私にくれないか」