Side朝陽
「……藤岡……起きてるか?」
「ん、起きてるよ。葉はまた寝ちゃったけど」
「そうか……」
「……うん……横になりやすいしね」
「……そうだな」
「どうせなら、綺麗な都会の景色でも見ながら、シャンパンを片手に……といきたかったけどね」
「……そうだな……」
「な〜んでアイマスクしないといけないんだろうねー」
「場所を知られてはならないって、山田さんが言っただろう」
「そうだけどさ、そうなんだけどさ……!」
「まあ……会話はできるから、暇つぶしはできそうだな」
「……そうだね……」
「……そうだな……」
結局、俺たちはリムジンに乗るしかなかった。
嘘かもしれない話。
全てが、夢かもしれない出来事。
けれど、それらがすべて現実ではないと言い切るだけの証拠もない。
そういう時の選択は……怖い、と思ってしまった。
俺は躊躇ってしまった。
「行きます!」
藤岡が真っ先に選んでくれたことに対して……俺は……安堵した気持ちと、申し訳ない気持ちと、情けないという気持ちが混ざり合っていた。
「なあ藤岡」
「ん、いきなりなんだね?スリーサイズは教えてやらんぞ」
「……離婚、怖くなかったのか?」
「……どうして」
声のトーンが、下がる。
感情が、消えた。
まただ。
藤岡は、どんな話でもノリノリで答える。
教えたがりという生来の気質もあるのか、雑談も盛り上げ上手。
この話以外は。
最初に俺が聞いたのは、高校時代以来の再会の時。
離婚をしたと藤岡が言った時
「旦那、どんな人だったん?」
と聞いた。
無意識に。
その時の、藤岡の表情が忘れられない。
「どんな人……」
さっきまで、手振り身振りを使い、生き生きと話していた藤岡から、一気にさあっと、感情が引いていった。
まるで、波が全てを攫うように。
その日から、俺は、藤岡にはこの話題をしなくなった。
する必要もなかった、というのもあるが。
でも、今は……。
「藤岡、さっき葉を叩いたろ」
「……あはははは、ダメだよねー感情的にならないようにって気をつけてたんだけど……失敗しちゃった……」
嘘だ。
藤岡は、簡単に感情的になるような人間ではない。
仲間として一緒にいて、それくらいは分かる。
「何があった」
「……んー?」
「さっき葉を見てた時の顔、俺が旦那の事を聞いた時の顔と同じだったぞ」
「えー?美人ってこと?」
「茶化すなよ」
「……別に……茶化して……なんか……」
「……変だろ、急にあんな風に取り乱すなんて」
「……海原こそ……変だよ」
「え?」
「凪波のことだけ気にしてれば良いのに、何で私たちのことなんか気にすんの……?凪波のことだけ考えてればいいじゃん、ヘタレ海原くん」
藤岡は気づいているのだろうか。
焦りっているのか、どんどん早口になっている。
「凪波は……大事だ。でも俺にとって、お前も葉も、大事な……仲間だと、思っている」
「大事な仲間……ねぇ……ふーん、そっか……そっかそっか」
それから、しばらく無言が続いた。
藤岡の気配は、動いていない。
「……藤岡?どうした?」
俺は気配の方に体を向けて話しかけた。
すると突然、誰かに抱きしめられた。
「っ……!!?」
「動かないで」
耳元に、藤岡の声が聞こえる。
「ごめんね、海原、分かってる、分かってるんだ」
「なあ、おい藤岡、どうしたっていうんだ……?」
藤岡は、泣いているような声だった。
「ねえ海原」
「……なんだ?」
「人ってさ……欲しいものを手に入れるために何かを傷つけるのって……どうしてやめられないんだろう……?」
「おい、藤岡?」
「葉は、やっぱりあの男の子供だった……!葉もいつかあの男のようになる……!でも、私の子供でもあったの……やっぱり……!」
「どうした、ふじお……んっ!?」
暗闇の中、俺は口を塞がれた。
涙の味が、伝ってきた。
「……藤岡……起きてるか?」
「ん、起きてるよ。葉はまた寝ちゃったけど」
「そうか……」
「……うん……横になりやすいしね」
「……そうだな」
「どうせなら、綺麗な都会の景色でも見ながら、シャンパンを片手に……といきたかったけどね」
「……そうだな……」
「な〜んでアイマスクしないといけないんだろうねー」
「場所を知られてはならないって、山田さんが言っただろう」
「そうだけどさ、そうなんだけどさ……!」
「まあ……会話はできるから、暇つぶしはできそうだな」
「……そうだね……」
「……そうだな……」
結局、俺たちはリムジンに乗るしかなかった。
嘘かもしれない話。
全てが、夢かもしれない出来事。
けれど、それらがすべて現実ではないと言い切るだけの証拠もない。
そういう時の選択は……怖い、と思ってしまった。
俺は躊躇ってしまった。
「行きます!」
藤岡が真っ先に選んでくれたことに対して……俺は……安堵した気持ちと、申し訳ない気持ちと、情けないという気持ちが混ざり合っていた。
「なあ藤岡」
「ん、いきなりなんだね?スリーサイズは教えてやらんぞ」
「……離婚、怖くなかったのか?」
「……どうして」
声のトーンが、下がる。
感情が、消えた。
まただ。
藤岡は、どんな話でもノリノリで答える。
教えたがりという生来の気質もあるのか、雑談も盛り上げ上手。
この話以外は。
最初に俺が聞いたのは、高校時代以来の再会の時。
離婚をしたと藤岡が言った時
「旦那、どんな人だったん?」
と聞いた。
無意識に。
その時の、藤岡の表情が忘れられない。
「どんな人……」
さっきまで、手振り身振りを使い、生き生きと話していた藤岡から、一気にさあっと、感情が引いていった。
まるで、波が全てを攫うように。
その日から、俺は、藤岡にはこの話題をしなくなった。
する必要もなかった、というのもあるが。
でも、今は……。
「藤岡、さっき葉を叩いたろ」
「……あはははは、ダメだよねー感情的にならないようにって気をつけてたんだけど……失敗しちゃった……」
嘘だ。
藤岡は、簡単に感情的になるような人間ではない。
仲間として一緒にいて、それくらいは分かる。
「何があった」
「……んー?」
「さっき葉を見てた時の顔、俺が旦那の事を聞いた時の顔と同じだったぞ」
「えー?美人ってこと?」
「茶化すなよ」
「……別に……茶化して……なんか……」
「……変だろ、急にあんな風に取り乱すなんて」
「……海原こそ……変だよ」
「え?」
「凪波のことだけ気にしてれば良いのに、何で私たちのことなんか気にすんの……?凪波のことだけ考えてればいいじゃん、ヘタレ海原くん」
藤岡は気づいているのだろうか。
焦りっているのか、どんどん早口になっている。
「凪波は……大事だ。でも俺にとって、お前も葉も、大事な……仲間だと、思っている」
「大事な仲間……ねぇ……ふーん、そっか……そっかそっか」
それから、しばらく無言が続いた。
藤岡の気配は、動いていない。
「……藤岡?どうした?」
俺は気配の方に体を向けて話しかけた。
すると突然、誰かに抱きしめられた。
「っ……!!?」
「動かないで」
耳元に、藤岡の声が聞こえる。
「ごめんね、海原、分かってる、分かってるんだ」
「なあ、おい藤岡、どうしたっていうんだ……?」
藤岡は、泣いているような声だった。
「ねえ海原」
「……なんだ?」
「人ってさ……欲しいものを手に入れるために何かを傷つけるのって……どうしてやめられないんだろう……?」
「おい、藤岡?」
「葉は、やっぱりあの男の子供だった……!葉もいつかあの男のようになる……!でも、私の子供でもあったの……やっぱり……!」
「どうした、ふじお……んっ!?」
暗闇の中、俺は口を塞がれた。
涙の味が、伝ってきた。