Side実鳥

「ぎゃあああああああああ」

葉が泣き出した。
空間を切り裂くような、不快な声で。
その声を聞いてから気づいても、もう遅い。
この状態になった葉を止める方法は、ない。
疲れ果て、眠りに落ちるまで。

「やだ……最悪……」

缶バッジが取られた女性が、ぼそりとつぶやいた。

「すっ、すみません……あの……弁償……」

と自分で言ってはみたけれど、この缶バッジはガチャガチャの……それもレアだ。
滅多に出るものではない。
運がいい人が一発で出るが、そういう人は大抵欲がない人ばかり。
欲センサーは、オンラインオフライン関係なく、容赦無く襲ってくる。
この女性の顔面蒼白っぷりを見れば、どんな方法を使ったかは分からなくても、どれくらいの時間もしくはお金をかけたかは簡単に想像できる。

私はせめて、葉の手元にある缶バッジを戻すように、葉の手から無理矢理ひっぺがそうとするが

「ぎゃああああああああ!!」

葉の鳴き声はますますヒートアップしてしまう。
どうしよう。
どうすればいい。
手持ちはあまりないけれど、弁償して謝って、それから葉を泣き止ませるために、またおもちゃを買うしかない?
それをして、この後生活やっていける?
そんな時だった。

「連れが申し訳ないことをした」

1万円札を2枚、女性に見せた人がいた。

「海原……!」

女性は、急展開に

「えっ、えっ!?」

と困惑していた様子だったが、もう1人の女性が

「いいじゃん、これで欲しかったフィギュア買いなよ」

と囁く。
葉に缶バッジを取られた方の女性は、納得していないというような、訝しげな目で私と海原を見ながら、名残惜しそうに葉の手のひらを見た。

「……行こっ」

そう言うと、海原から2万円を奪うかのように取り、連れの女性と一緒に早足で去っていった。
葉は、まだ泣き止む気配じゃない。

「どうしたんだよ、藤岡」
「……ごめん……ちょっと葉がいたずらをして……」
「いたずら?」

海原は、一瞬葉の手を見て、状況を把握できたようで

「なるほどな」

とだけ言った。
私は、相変わらず泣き止まない葉に、イライラが募り、再び

「うるさいって言ってるでしょ!」

と手をあげそうになった。

「おい、やめろ!!」

海原が私の手を掴むと同時に、誰かが葉の体を持ち上げた。