Side朝陽
駐車場を見つけるのが思いの外大変だったが、どうにか藤岡と協力して入口を見つけることができた。
「うわっ……狭い……」
駐車場は地下にあった。
入口から地下に通じる螺旋状の道を、慎重に運転する。
少しでも油断すると、壁にぶつけそうなほど、狭い。
慎重に進まなければ。
ハンドルを握る手に緊張が走る。
汗がじんわりと滲む。
「海原、大丈夫?顔青いよ」
「……今ちょっと緊張してる」
「……運転代わる?」
「こんなところで代われるか。俺が最後までやる」
「……わかった。無理だと思ったらすぐ言って」
俺は、一度ブレーキを思いっきり踏んで深呼吸をする。
「よしっ行くぞ」
とわざと声に出して
そう言えば、何かできないと思ったこともできるようになる気がする。
実際、そうやって乗り越えてきた。
今回も、そうだ。
そうやって、声に出そう。
大丈夫。
自分は大丈夫だ。
俺は頭の中で何度も唱えながら、慎重にアクセルペダルとブレーキペダルを踏む。
無事に駐車スペースに停められた時には、顔も全身も、汗びっしょりになっていた。
「はい」
藤岡が白い紙を渡してくる。
「何だこれ」
「葉のおむつ拭き」
「何で!?」
「最近便利なのよー。顔まで拭けるってネットでも話題。メーカー様の企業努力には頭が下がる。今推しのメーカー」
「……推しって……」
「物を買う時も、推しに貢ぐって考えると貢ぎ甲斐があるってもんよ。まあ、その推しに裏切られた時は、貢いだ金全部返せーっていう気持ちが膨れ上がるんだけど」
「そう言うものか」
俺には、推しという気持ちはよく分からない。
ただ、藤岡がそうまで言うのだから、とありがたく葉のお尻拭きを受け取ることにした。
「ママーぶーぶー」
いつの間にか目が覚めていたのか、葉が窓を指さしながら楽しそうにしている。
「葉はお車だーいすきだもんね。あとで買ってもらいましょうか」
「おいおい」
と言うやりとりをしていると、1台目の前を漆黒のリムジンが通りすぎた。
「あれもぶーぶー?」
葉が興奮した様子で藤岡に聞いている。
「そうよ、すっごい長いお車よねー。かっこよかった?」
「うん!」
「あれはね、リムジンっていうのよ?」
「りむぢん……」
「そうよー。いつか2人で乗りましょうねー」
そんな微笑ましい会話を、おいおいとツッコミたくなる気持ちを抑えながら聞いてはいたが……。
俺も、リムジンを実際に生で見たのは初めて。
周囲を見渡すと、高級車と呼ばれるものも多く停められている。
東京とはこういうところなのか……と、改めて感心した。
自分が、ああいう高級車を運転するイメージはなかったけれど、前回買い換える時に
「社長なら高級車に乗らないと」
というディーラーの口車に乗せられて、そのメーカーの中では高級と呼ばれている車を買った。
それを運転した時、あまりにもサポートされすぎていることに違和感を感じたほど。
でもそのサポートに慣れ切ってしまうと、いざという時に自分の力で対処ができない。
そうなるのが怖い、と、漠然と思っていたはずなのに、今ではそのサポートが当たり前になっていた。
今、運転している車は自分の車ではない。
駅で借りた。
適当に、その場にある車なら何でもよかった。
自宅に戻る時間が、惜しかったから。
かつて運転していたはずの、機能がシンプルな車だが、時折運転が不安になった。
かつてはできていたはずのことが、当たり前だと思っていたはずのことが、たった少し離れただけでこうも出来なくなるのか……と実感していた。
「なあ藤岡」
「何?」
「やっぱ、家に戻って俺の車で来れば良かったか?」
「このヘタレ!」
ばしっと藤岡に叩かれる。
「自分の行動にいちいち不安になるな!行動してから後悔するな!」
「わかった!わかったから!」
「ったく……今からこんなヘタレを出して……。これから戦いだって言うのに、困りまちたねー葉くん」
「困りまちたねー」
葉は意味も分からず言っているのだろうが、笑顔で言われると余計にグサッときた。
ふと、考える。
「ほら、ロビーに行って情報収集」
葉を抱えながら車の外へ出る藤岡を見ながら。
サポートが当たり前だと思っていた。
でも、もしこのサポートが無くなったら、俺はどうなってしまうんだろう?
このサポートを受けている今の俺は、凪波を追いかける資格なんてないんじゃないか。
「海原!早く降りろー!」
「わかった!わかったから!」
そんな不安を拭い去るかの様に、俺は車の扉を勢いよく開けた。
駐車場を見つけるのが思いの外大変だったが、どうにか藤岡と協力して入口を見つけることができた。
「うわっ……狭い……」
駐車場は地下にあった。
入口から地下に通じる螺旋状の道を、慎重に運転する。
少しでも油断すると、壁にぶつけそうなほど、狭い。
慎重に進まなければ。
ハンドルを握る手に緊張が走る。
汗がじんわりと滲む。
「海原、大丈夫?顔青いよ」
「……今ちょっと緊張してる」
「……運転代わる?」
「こんなところで代われるか。俺が最後までやる」
「……わかった。無理だと思ったらすぐ言って」
俺は、一度ブレーキを思いっきり踏んで深呼吸をする。
「よしっ行くぞ」
とわざと声に出して
そう言えば、何かできないと思ったこともできるようになる気がする。
実際、そうやって乗り越えてきた。
今回も、そうだ。
そうやって、声に出そう。
大丈夫。
自分は大丈夫だ。
俺は頭の中で何度も唱えながら、慎重にアクセルペダルとブレーキペダルを踏む。
無事に駐車スペースに停められた時には、顔も全身も、汗びっしょりになっていた。
「はい」
藤岡が白い紙を渡してくる。
「何だこれ」
「葉のおむつ拭き」
「何で!?」
「最近便利なのよー。顔まで拭けるってネットでも話題。メーカー様の企業努力には頭が下がる。今推しのメーカー」
「……推しって……」
「物を買う時も、推しに貢ぐって考えると貢ぎ甲斐があるってもんよ。まあ、その推しに裏切られた時は、貢いだ金全部返せーっていう気持ちが膨れ上がるんだけど」
「そう言うものか」
俺には、推しという気持ちはよく分からない。
ただ、藤岡がそうまで言うのだから、とありがたく葉のお尻拭きを受け取ることにした。
「ママーぶーぶー」
いつの間にか目が覚めていたのか、葉が窓を指さしながら楽しそうにしている。
「葉はお車だーいすきだもんね。あとで買ってもらいましょうか」
「おいおい」
と言うやりとりをしていると、1台目の前を漆黒のリムジンが通りすぎた。
「あれもぶーぶー?」
葉が興奮した様子で藤岡に聞いている。
「そうよ、すっごい長いお車よねー。かっこよかった?」
「うん!」
「あれはね、リムジンっていうのよ?」
「りむぢん……」
「そうよー。いつか2人で乗りましょうねー」
そんな微笑ましい会話を、おいおいとツッコミたくなる気持ちを抑えながら聞いてはいたが……。
俺も、リムジンを実際に生で見たのは初めて。
周囲を見渡すと、高級車と呼ばれるものも多く停められている。
東京とはこういうところなのか……と、改めて感心した。
自分が、ああいう高級車を運転するイメージはなかったけれど、前回買い換える時に
「社長なら高級車に乗らないと」
というディーラーの口車に乗せられて、そのメーカーの中では高級と呼ばれている車を買った。
それを運転した時、あまりにもサポートされすぎていることに違和感を感じたほど。
でもそのサポートに慣れ切ってしまうと、いざという時に自分の力で対処ができない。
そうなるのが怖い、と、漠然と思っていたはずなのに、今ではそのサポートが当たり前になっていた。
今、運転している車は自分の車ではない。
駅で借りた。
適当に、その場にある車なら何でもよかった。
自宅に戻る時間が、惜しかったから。
かつて運転していたはずの、機能がシンプルな車だが、時折運転が不安になった。
かつてはできていたはずのことが、当たり前だと思っていたはずのことが、たった少し離れただけでこうも出来なくなるのか……と実感していた。
「なあ藤岡」
「何?」
「やっぱ、家に戻って俺の車で来れば良かったか?」
「このヘタレ!」
ばしっと藤岡に叩かれる。
「自分の行動にいちいち不安になるな!行動してから後悔するな!」
「わかった!わかったから!」
「ったく……今からこんなヘタレを出して……。これから戦いだって言うのに、困りまちたねー葉くん」
「困りまちたねー」
葉は意味も分からず言っているのだろうが、笑顔で言われると余計にグサッときた。
ふと、考える。
「ほら、ロビーに行って情報収集」
葉を抱えながら車の外へ出る藤岡を見ながら。
サポートが当たり前だと思っていた。
でも、もしこのサポートが無くなったら、俺はどうなってしまうんだろう?
このサポートを受けている今の俺は、凪波を追いかける資格なんてないんじゃないか。
「海原!早く降りろー!」
「わかった!わかったから!」
そんな不安を拭い去るかの様に、俺は車の扉を勢いよく開けた。