Side朔夜

「どうして……あんなことになったんだ!答えろ!」

もう、慣れない敬語を使っている余裕は微塵もない。
今の凪波の状態は、言語化するのもおぞましい状態。
誰が愛する女のグロテスクな様子を実況したいと思うのだろう。

これまで役作りのために、凪波と一緒にたくさんの本や映画で、様々な知識も勉強をした。
もちろん、医学に関するものも。
でも、どの本にも、どんな映画にもこんな凪波の様子の解答は存在していない。
だから、僕は、目の前にいる悠木先生に……聞くしかない。

僕はもう一度、凪波を見る。
最初は頭部の方に目がいったが、よく見ると彼女の体は頼りなさそうな白い薄手の白いシーツがかけられているだけで、肩は剥き出しになっている。

僕以外の男が、凪波の裸を見たのか……!

正直、海原朝陽の存在を知った時も、そして実際に対峙した時も、あいつが凪波を抱いたかもしれない可能性を考えて、目を潰してやりたいとすら思った。

目の前のこの男は、確実に凪波の服を脱がせたであろうことは、容易に想像がついた。
僕はかっとなり、悠木先生の襟を掴んだ。

「……裸を見たのか」

僕がそう言うと、悠木先生は馬鹿にしたように笑いながら
「君は私の職業は何だかわかってる?」
「医者だろ?そう言っていたじゃないか……!」
「そうだろう?私は、この患者の裸どころか、君すら見られない全てを見ることができる」
そう言うと、この男は僕の耳元でこう言った。

「君には決して入ることができない、ずーっと深い部分もね」

その言葉を聞いた瞬間、僕は無意識に悠木先生の右頬を殴り飛ばした。
悠木先生は地面に倒れこみ、僕は悠木先生を殴った握り拳を見つめていた。
握りすぎたあまり、手のひらからぽたぽたと出血し、爪の中に鮮血が入り込んでいた。
じわじわと滲み出てくる血を見つめていると……。

「君は、彼女にスキャンダルを起こすなと、凪波さんに何度も繰り返し忠告されたのではないのかね?」

悠木先生が言う。
僕は、驚いた。
どうして、彼女が僕に言ったことをこの男は知っているのだろう。

「言っただろう?僕は君よりもずっと、彼女の深い部分を知っている。一路朔夜という声優を守るために、彼女がどれだけの想いを背負ってきたのかも、ね」

すると悠木先生は、立ち上がったかと思うと、僕のお腹目掛けて膝蹴りしてきた。

「げほっ」

ピンポイントに、僕の急所を狙われた。
痛みに耐えかねて、今度は僕が片膝をついて地面に座り込んでしまった。
一方で、立場が逆転した悠木先生が、僕をまっすぐ見下げている。

「本当はお返しに顔を殴ってあげたかったけど……君の顔は国宝級だとも言われてるくらいだしね」

明らかに敵意を剥き出しにした悠木先生の視線。
その敵意は、一体誰目線?