Side朔夜

「凪波!凪波!!」
何で、そんなところにいるんだ!?
どうして、そんな姿でいるんだ!?

ぐるぐると脳内を駆け巡る疑問は、考えただけでは決して解答が見つからない。

僕は無我夢中でガラスを叩く。
「凪波!!凪波!!」
と彼女の名前を懸命に叫ぶ。

「凪波!目を開けてくれ!凪波!!」
ぐったりと微動だにしない彼女の姿は、決して考えたくない可能性を呼び起こす。

凪波の死。

嫌だ……!
僕は、さっきより強くガラスを叩く。
彼女の近くに行きたい……!!

どん、どん、どん!
ガラスはびくともしてくれない。

「やめたまえ」
悠木先生が僕の手首を掴んだ。

「離してください!」
と、悠木先生の手を振り払おうとしたが、びくともしない。

「無駄だよ。この窓は、特注の強化ガラスでできているから」
そう言うと、悠木先生は僕が足元に置いたパイプを手に持ち、思いっきりガラスに叩きつける。

パイプの方がぐにゃりと曲がる。

「君の手も、こんな風になるところだった」
そう言うと、悠木先生が僕の手を掴んでいる方に力を込める。

「っ……!!」
激痛が走る。
紫の痣がぽつぽつと、手に浮かびがっていた。
まだ、悠木先生は僕の手首を離そうとはしない。

「凪波は……生きてるんですか?」
「生きているよ、かろうじて」
「中に入れてください!凪波の近くに……」
「できない」
「どうして……!」
「あの部屋は、特殊な空間にしている」
「どういうことだ」
「菌1つ入れば、彼女の脳に大きなダメージを与えることになる。だからこの部屋に入れることができるのは、私と、特殊な訓練を受けてもらった私の部下だけだ」
「そんな状態に、誰がしたんだ……!」

僕は、掴まれていない手で拳を作り、悠木先生の顔めがけて振り下ろした。
その拳は、悠木先生の目の横をさっと掠める。

「……君が愛した女性は、君がそんなことをするのを望んだのかい?」
悠木先生のその言葉は、僕に凪波の言葉を思い出させる。
「スキャンダルは命取り。何があっても、一路朔夜はクリーンでいなくてはいけないの」
その時の凪波の顔は、とても真剣で……悲しそうな顔をしていた。
「何で……どうして……」
君の為に怒りたくても、君の言葉が、そんな僕の怒りを、感情を止めてしまう。

……ねえ凪波。
今目の前に、そんな君を見せられて……。
それでも僕の感情のトリガーを最後の最後で止めさせるのも君なんだ。

もしも、それすらも予測して、計算して僕にそんな言葉を残したんだとしたら……。
君は、とんでもない呪いを僕にかけてくれたね。