Side凪波

私は、無我夢中で空に左手を伸ばす。
その手を、一路さんに掴まれる。

その手を振り払おうとしたが、私はひっくり返された。
一路さんは、私を見下ろしている。
やめて。
これ以上私はもう、思い出したくない。

「……こう言うこと……本当にしていたんですか?私達……」
私は、わざと聞いた。
本当は、もう分かってしまっていた。

「どう言うこと?」
一路さんの声から感情が消えた。

「ごめんなさい……私……わからないんです……」
ぐちゃぐちゃ混ざり始める記憶の渦から私は、抜け出したかった。

「あなたのような人が……本当に私の恋人だったなんて……やっぱり信じられなくて……」
咄嗟に出た言葉。
それが脳の奥底から湧き上がる。
いや違う。
これは、今の私の言葉。
18歳である私が感じる、紛れもない真実の心の叫び。

その時、一路さんは言葉ではなく、キスをしてくる。
唇を押し付け、舌を無理矢理ねじ込もうとしてくるキス。
今の私にとっては二度目なはずのキス。
苦しい。
息が苦しいのでは、ない。
心が、脳が叫び始める。

やめて。
隠したかった私を剥ぎ取らないで。
暴かないで。
連れ戻さないで。
やめて。やめて。やめて。





……やめないで。
このキスに、身体がまた、応えたがっていた。



ぷちん。
また、音がした。
その時、脳の映像が急にクリアになった。
私が知らない私が、目覚めていた。
私が知らない私は、一路朔夜という月に問いかけていた。





「……記憶を無くした私でも、あなたは愛せるのですか? 」




これは、一体誰の本心なのだろう。
希望なのだろう。

私?
それとも、戻ることを拒否している、私が知らない私?


私の記憶を、脳を支配するのは、誰?