Side凪波

コンコンコン。

音が微かに聞こえてくる。
この時の私は真っ暗な世界で、ふわふわ浮いている私は、まるで、暗い水の中を漂っているかのようだった。
でも、苦しくない。呼吸はできている。

コンコンコン。
コンコンコン。
また、音が近づいてくる。

私はこの音から逃げないといけないはずなのに、ちっとも体が言う事を聞かない。もがいて、浮き上がるだけの力がもうない。

あとは、どんどん、落ちていく。
ゆっくりと、飲まれていく。
私は、ただ身を任せるだけ。
それがとても気持ちいい。

お願い、私をこのままにして。
このままでいたい。
何も考えなくて済むように。
誰にも囚われなくて済むように。
ただ1人こうして……。

「凪波さん」
知っているはずの声が聞こえた。
すると急に私の視界が黒から白へと変わる。
闇から強すぎる光の世界に変わっていく。

「君は、失敗かもしれない」
また、声がする。
私は、どんどん痛みを取り戻していく。
感覚を取り戻していく。
私は、私の身体を取り戻していく。

「最後にもう一度、彼と話してごらん」
私には、その彼が誰の事なのかは、すぐに分かってしまう。
でも、この声の主は何故そんなこと言うのか。

最後って、何?
もう一度って何?


それができないことを、この人こそわかっているはずなのに。





この人って……誰?
何故、そんなことを思ったのだろう?


と、考えた瞬間のこと。
ぱっと、私の目は勝手に開いた。
「月が出る頃までに戻る」
と書かれているメモが、ぐしゃぐしゃになっていた。