Side凪波

「お腹空いてない?」

私は一路さんを見たくて、テーブルの方に近づきながら、アップルパイの話をする。

「おばさん、すごく気合い入れたみたいで、ほら、ここ見て」

私は、りんごで出来た花を指さす。
一路さんがこちらを見てくれた。
私と目が合ってしまった。
そうなることを期待したはずなのに、いざそうなると恥ずかしく、耐えられなくなり、私から目を逸らしてしまった。

「食べてもいい?」
一路さんが、私に聞いてくる。
「どうぞ」
普通に返せばいいはずの答え。
なのに私は、このやり取りに胸が踊る。
そんな私を認めるのが、知られるのが怖くて、声が小さくなってしまう。

バレないように視線を一路さんに戻し、目線が合いそうになると逸らす。
その繰り返しが続く。

一路さんを見たい。
でも目線を合わせたくはない。
相反する気持ちが沸き起こる。
自分が知らなかった自分が、内側からじわじわと現れる。

それが、少し怖い。
その時、がしゃんと、何かが床に落ちる音がした。

音がした方を見ると、朝陽が呆然と私を見ている。

あ……。
しまった……。
私は、朝陽もここにいることをすっかりと忘れてしまっていた。

今の私を見る朝陽の目は、今まで私が見たこともない表情。
私はその意味を十分すぎるほど知っている。
受け入れて欲しいはずの人から拒絶された時に見せる顔だということを。