Side凪波

帰り道、私は公園のベンチに座らせられて、実鳥が買った本を見せられていた。
BL本とか、ファンタジーとか、ちょっと過激な漫画。
外にいるにも関わらず、私は実鳥が見せてくれた新しい世界に夢中になっていた。

きっかけは本当の偶然。
でもそれからは、まるでこの時の出会いが必然だったように、実鳥とは仲良くなった。
実鳥の家にも、よく行くようになった。
最初は学校が終わったらファーストフード店に行こうと誘われることが多かった。
でも私は100円の飲み物すら自由に買えない状態だったので、断っていると

「じゃあ、今度から私の家で遊ぼうよ」

と誘ってくれた。
母親には
「一緒に宿題する友達がいる」
とだけ言うと、特に何も言われなかった。
実鳥の部屋の棚に並べられたドラマCDやDVDは、私をワクワクさせる。

「ねえ」
私は聞く。
パッケージに毎回同じような名前が出てくることが多かったから、その名前の理由が知りたかった。

「ああ、それ、声優さんだよ」
「声優?」
「凪波はさ、俳優さんが出てるドラマは見るんでしょ?」
「あー……お母さんに付き合わされて……だけどね」
「それの声だけバージョンだって考えるのが1番楽かも〜」

そう言うと、あるドラマCDを2つ聞かせてくれた。
それは、同じ女性声優が出ているものとのこと。

「この人、役柄によって全然声違うんだよね」
と実鳥の解説を聞きながら、私は聞き入ってしまう。
「すごい……」
思わず声が漏れる。

片方ではとっても綺麗なお姫様を演じている。
もう一方では、頼り甲斐がある少年になりきっている。

「声優さんってほんとすごいんだよ!声だけでここまで役を表現できるなんて……!」

それから実鳥が色々声優について教えてくれた。
おすすめの声優はこの人だよ、と色々なドラマCDをそれからも聞かせてくれた。
CDならば、イヤホンをすれば聞けるだろう、と実鳥が毎日何かしらを貸してくれた。

私は嫌なことがあった時は、部屋に籠り、実鳥が貸してくれたCDを聞いて心を落ち着かせるようになった。
最初はそれだけだったけれど、2ヶ月、3ヶ月と繰り返す内に、声という要素だけで、全く違う人生を生きられるという仕事に、私は憧れるようになった。

私の夢は、まるで宝の箱のような実鳥の部屋から生まれた。
私も声優になれば、自由に色々な世界に生きられる。
男性にだってなることができる。
私はその瞬間だけ、私として生きていかなくても許される。

私は、声優になりたい。
そう心が決まった瞬間、私の目の前にキラキラする道が広がった。