Side凪波

あれは、小学校3年の頃。
学校からの帰り道、朝陽の家に寄った日があった。
売れないりんごを、いくつか朝陽の家からもらってくるように言われたからだった。

その日は、算数のテストが返ってきた。
私は誰にも点数を言わなかったけれど、男子達はお互い大声で自分達の点数を暴露し合って、誰が1番バカかを競っていた。
その結果、朝陽が選ばれていた。1問しか問題を解くことができなかったから。
朝陽は、ヘラヘラゲラゲラと笑ってるだけ。

信じられなかった。
もし私がそんな点数を取ったら、母はどんな攻撃をしてくるか想像できなかった。

でもその日、朝陽は普通にテストを朝陽のお母さんにケロッとした様子で渡していた。

我が目を疑う、という経験をしたのは、人生であの時が初めてだったと思う。

怒鳴られない?
追いかけられない?
叩かれない?

朝陽のお母さんが、そのテストを受け取った後に右手を上げた時、不安で心臓のバクバクが止まらなかった。
パチーンと、皮膚が弾けるような音が聞こえるのではないかと思い、耳を塞ごうとした。

でも、そうは、ならなかった。

「よーくこの問題が解けるようになったなぁ」
朝陽のお母さんは、朝陽の頭をわしゃわしゃと、犬を可愛がるような感じで撫でながら言った。
「だろー!俺にかかれば、こんな問題屁でもないぜ」

……何故か余裕な表情の朝陽は、そのまま自分の部屋へと言ってしまう。
呆然としていると、朝陽のお母さんはくるりと私を見た。

「凪波ちゃんは?」
「……え?」
「テスト、どうだったん?」
「ええと……」

正直な点数を伝える。
黙ったり、嘘をつくための心のゆとりが持てなかったから。
すると

「凪波ちゃんは、朝陽と違って勉強ちゃんとできるから、偉いわー」
「でも……朝陽のこと褒めてた……」
「ああ、あいつはいいの」
「え?」

朝陽のお母さんは、ガッハッハッと心の底から楽しそうに笑いながら

「だってあいつ、テストの前日まーったく点数なんか取れる状態じゃなかったのよ」
「どういうこと?」
「問題集、試しにやってみたら見事に0点だったのよ。でも、あいつ頑張って1問だけ解けるようになったんよ」
「1問……」
「そ。で、今回ちゃんと1問取ってきたからなぁ」
「だから、褒めたの?」
「んーまあ本当は点数をたくさん取れた方がいいのかもしれんが、できなかったことをできるようにするっていう気持ちも、大事だからねぇ」

そのタイミングで、朝陽が私を呼びに来た。
ゲームの相手をしろ、とのことだった。
そのゲームも、朝陽の家でしか遊べないものだったから、すぐについていった。
けれど、本当はもう少し朝陽のお母さんと話をしたかった。




その日から朝陽の家に行くことが苦手になった。
私は、少しずつ、朝陽のお母さんと話したくなくなっていった。

どうして、あなたが私のお母さんじゃないの?
と、いつも帰る時に悲しくなるから。
朝陽を見るたびに、羨ましくて仕方がなくなるから。