Side朔夜

人工的に作られたであろう池は、不自然な程に透き通った水を湛えている。

彼女はその池のふちに座っている。
水の中に、彼女は両足を入れている。

池の中心には、月がくっきりと映っており、彼女が水を蹴る度に、月が歪む。
今自分がいるところからは、彼女の顔がはっきり見えない。

声をかけようと、思った。
声をかけたかった。
その時、くるりと彼女が振り返った。

目が合う。
彼女の目が、僕を見ている。

……違う。
彼女は、彼女なはずだ。
と思っていた。

抱きしめた感触も温度も。
匂いも、声も。
確かに同一人物だ。
僕の身体がそう言っている。

でも……今僕を見ている彼女の顔が。
目が。
僕の記憶のものとずれがある。
その正体が何かは分からない。
ただ、違和感がある。

首をかしげる癖も、髪の毛をかきあげる動作も全部彼女のものだと知っているはずなのに。

「あの……」
彼女は、僕に語りかける。
「お帰りなさい」
と。
それは、ついこの間までは楽しみにしていた彼女の言葉だった。
でも違う。

今の彼女は18歳だと言っていた。
見た目はちっとも変わらないのに。
僕が知っているはずの彼女なのに。
でも今の彼女は僕を知らない。
彼女の中に、僕がいない。

だからなのだろうか。
今のおかえりなさいは、僕が欲しかった声ではなかった。

僕がじっと黙っているのを見ている彼女は、また僕から視線を逸らし、水に映る月を蹴り始めた。
子供のような、彼女のそんな行動を、僕は知らない。
僕が知ってる彼女は、そんなことで楽しそうになんか笑わなかったんだ。