「隆史は、昔から大人しい子だったわ。習い事もピアノと習字をしていて、女の子みたいで心配したこともあったけど、結局はちゃんとたくましく育ってくれたわ。大人しいのは変わらなかったけれどね」

温かな口調や表情から、お母さんがどれだけ隆史さんのことを愛していたのかが伝わってきた。

「僕も、そんなに社交的な方じゃないから分かります。きっと隆史さんも、心の中ではたくさん想いがあったんだろうと。ご両親への想いもそうですし、他人への想いも」

頭の奥で、何度も手紙を書いてはポストに投函する瀬戸さんの姿が浮かぶ。
隆史さんは瀬戸さんに対して、どう思っていたんだろう。単なる看護婦として見ていなかったのかもしれないけれど、転院の際に寂しそうな表情をしていたと聞くと、それだけでもないような気がした。

「ああ、そういえば隆史、手紙を書いていたのよ」

僕の話を聞いて何かを思い出したお母さんが、椅子から立ち上がり、奥の方へ入って行った。
ごそごそと物を動かす音がして彼女はすぐに戻って来た。
その手には、薄い青色の封筒が握られて。

「それは、隆史さんが書かれた手紙……?」

「ええ。病状が悪くなる直前に、書いていたのを、渡してくれたの。『もし自分になにかあったら、前の病院の看護婦さんに渡して欲しい』って」

彼女の話を聞いて僕は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

「ねえあなた、家に隆史宛の手紙が来ていたから、私たちの家に来てくれたのよね」

「はい」

お母さんの目は、どこか期待を帯びたように、力強くなった。

「その手紙の送り主が、隆史の前の病院の、看護婦さんだったのよね」

「そうです」

ここに来る前、オケ部の人を通じてお母さんと連絡を取り、手紙の一件を話していた。
だから僕が瀬戸さんと繋がっていることもちゃんと知っている。

「それなら、彼女に渡してくれないかしら? 私は、あの病院で看護婦さんにもお医者さんにも、ひどいことを言ってしまったから」

瀬戸さんが、「こんな病院にはいさせられない。もっと大きな病院に移してほしい」とお母さんから言われたといっていたのを思い出す。
あの時はきっとお母さんだって必死だったのだと思う。息子を想う母の気持ちが膨らんでしまった結果だ。

「もちろんです。僕が責任もって、彼女に渡しておきます」

「ありがとう」
彼女は、僕が訪ねて初めて、満ち足りた笑みを浮かべた。
ここに来て良かった。心からそう思う。