僕と真理亜と、それから手紙の主の彼女で、なぜかまた公園に来ていた。暗闇の中、三人の大学生+大人の女性という謎のメンバーで公園にいるのはおかしな構図だと思う。

「あの、もしできればなんだけど、話聞かせてもらえないかな」
僕と真理亜が彼女に自己紹介を済ませると、今度は彼女の番だった。

「私は、瀬戸穂花(せとほのか)といいます。市内の病院で看護婦をしている者です」

「看護婦さんか」

「はい」

何に納得したのか分からないが、真理亜は「うんうん」と頷いてみせた。まあ確かに、看護婦さんって綺麗な人多そうだもんな。

「この家に手紙を入れていたのは、もともとここに住んでいた人に宛てた手紙だからなんです」

「菅原隆史さん、ですよね」

「はい」

彼女は時々目を伏せて切なげな表情を浮かべた。手紙の相手のことを考えているらしかった。

「どうして手紙をポストに入れていたんですか? 菅原さんが引っ越したことも
知らずに」

「それは……」

これ以上話すべきか、話さざるべきか、彼女は頭の中で思案しているようだ。

「私の話を、笑わずに聞いていただけますか」

覚悟を決めた表情で彼女は僕たちを見つめた。
僕と真理亜は、瀬戸さんの真剣な顔につられるようにして頷く。

「ありがとうございます。私は手紙を送っていた相手——菅原さんが入院していた病院の、看護婦をしていました」

ああ、なるほど。
彼女と菅原隆史はそういうつながりだったのか。「元恋人」という予想は外れたわけだ。
真理亜もびっくりして目を大きくしている。

「菅原さんは、癌でした。まだ若くて、もうすぐ20歳になるぐらいの男の子だったわ。ちょうど、あなたたちと同じくらいかしら」

「はい、そうです」

「それなら気持ちも良く分かってくれるかもしれない。若い菅原さんの病気はどんどん進行して、投薬してもなかなか良くならなくて。ある日、菅原さんのお母さまがやって来てね、『こんな病院にはいさせられない。もっと大きな病院に移してほしい』と言ったんです」

「そんなことが。それで、どうなったんですか? 菅原さんは」

「そのまま、転院しました。お母さまと本人がよく話し合ったらしくて。でも転
院する日、彼がちょっと寂しそうな顔をしていたのが、私、忘れられなくて。彼は口数の多い人ではなかったけれど、病院で体調が良い時はよく日記を書いていたの。もちろん私は読んでいないけれど、もしかしたら本人は、転院したくなかったのかもしれない、なんてね。私の希望かしら」

ふふ、と瀬戸さんが寂しそうに笑う。
彼女にとって、菅原隆史は特別な存在だったのだ。彼女がいまだ頻繁にここに通っていることを考えると、一目瞭然だった。

「菅原さんは、一人でこの家に住んでたんですか? ご両親はどちらに」

「ああ、彼はね、ちょっと前まで普通に大学に通っていたから、一人暮らししていたそう。ご実家もそんなに遠くないけれど、電車で通うには遠い距離だったんだって。話してくれたわ」

「なるほど。瀬戸さんはどうして、今もこの家に手紙を届けていたんですか。菅原さんがいるかどうか、分からなかったでしょうに」

「それは……気休め、かしら」

彼女は目を伏せて、憂いをにじませた。夜の闇が、彼女を包み込んで気持ちごと支えているみたいに見えた。

「菅原隆史さんがいるかどうかは分からなかったけれど、手紙を届けていたということですか?」

真理亜も、瀬戸さんの行動の真意が気になるらしく、横から彼女にそう聞いた。

「……はい。彼が転院したあと、私は彼のことを何も聞かされていません。ご両親が、『息子の病気が治らないのはあの病院のせいだ』と決めつけて、二度と関わらないというご意向でしたので。それ自体はもう仕方がないと思っています。でも、どうしても気になっていたんです。彼が転院してから半年が経ったけど、今どうしているのか。もしかしたらもう、だめかもしれないとも思っています。でも、それを確かめるためにも、この家に手紙を出そうと決めました。もし彼の病状が安定して普通に暮らすことができていたら、まだこの家にいるかもしれない。なんて、本当に馬鹿みたいですよね」

でも、癌患者にも奇跡は起こる。
その希望に賭けてみたかったの。

瀬戸さんは純粋に、菅原隆史さんのことを心配していたんだ。
だから、返事をもらえなくても、手紙を出し続けた。
手紙の中に、彼女の連絡先が書かれていたかどうかは分からないが、彼女にできるのは人知れず彼に手紙を出すことしかなかったんだ。

「話していただいて、ありがとうございます」

僕も真理亜も、正直好奇心から瀬戸さんの正体を突き止めようと思っていた。予想とは全然違って、瀬戸さんが純粋な気持ちが手紙を書かせていたことを知り深く反省。
真理亜も、申し訳なさそうに、大人しくしていた。

「いえ、私も菅原くんのことはとても気がかりだったので。でも、彼がここにいないということは、これ以上手紙を出しても意味がないですよね。もうやめます。もしかしたらご実家で暮らしているのかもしれないし。それより、病院に入院しているのが正解かな」

泣きそうだった。
瀬戸さんは、自分が書いた手紙が一つも菅原さんに届いていないことを知ったのだ。どんな内容だったのかは分からないが、そりゃ相当ショックだろう。

「今までご迷惑をおかけしてすみませんでした。もう書かないので大丈夫です」

瀬戸さんの言葉が、菅原さんへの本当の別れの言葉みたいに聞こえて、僕はいたたまれない気持ちになった。
しかし、これ以上僕が何をしても、彼女の手紙が菅原さんに届くはずもない。
だったらもう、今回のことは三人とも忘れて、日常に戻る方が良い。
なあ、菅原隆史。
君もそう思うだろう?