「本当にやるの?」
「当たり前じゃん。なにびびってんの」
「いや、びびってるわけじゃないけど……」
僕のマンションが目前にあった。
創作料理レストランからの帰り道、なぜか隣にまだ緒方真理亜がいる。
「だったらどんと構えて待ってればいいのよ」
「はあ」
真理亜の押しの強さに負け、僕はしぶしぶ「エントランス張り込み作戦」にのることになった。
といっても、ポストの前に張り込むのは不審者すぎるため、マンション前の公園に居座ることにした。ここに公園があって本当に良かったと思う。
「にしても、どんな人なんだろうね」
真理亜が隣で腕を組み、まだ見ぬ「犯人」のことを想像している。
「きっと、自分大好きなナルシスト女に違いないわ。で、別れた恋人にも自分勝手に猛アタックしてるのよ」
その妄想は偏見の塊だと思うが。
夜更も近づいてきたこの時間帯、さすがに公園で遊んでいる子供はいない。高校生カップルすらもう帰っている時間だ。
大学生二人で一体何をしているんだと呆れる。
「健太くんはさ、好きな人、いないの?」
不意打ちだった。
突然彼女からそんなことを聞かれて激しく動揺する。
「いや……」
なんて答えたらいいのか分からなくて、言葉を探すうちに、「そっか」と彼女は納得してしまった。
「まあ、まだ大学生活も始まったばかりだしね」
どうしてだろう。
いつも互いに軽口を叩いているのに、この時ばかりは、彼女が一端の年上の先輩に見えた。
何度か沈黙に見舞われながらも、彼女と手紙の主を待つこと30分、僕のマンションの方に、女の人が入ってゆくのを目にした。
「健太くん、行こう」
先に足が動いたのは真理亜の方だった。
ぐんぐんと進んでいく彼女は、きっと幽霊の仕業だったとて、怖がらないだろう。
「ちょっと待って」
なんて、言う暇もなかった。
気付いた時には真理亜がポストの前に佇む女性を見て、「あなた」と声をかけていたのだ。手にはしっかりと、クリーム色の封筒が握られている。
「何をしているんですか」
向こうからすれば、こちらこそ「何してるんだ」状態だろうが、真理亜はそんなこともお構いなしに、目先の女性から顔を逸らさない。
「いえ、これは」
その時初めて、僕はちゃんと手紙の主の顔を見た。
うっすらと茶色味を帯びた髪の毛が、肩の下までゆるくウェーブがかっている。
目元ははっきりしていて、色白で鼻が高い。
まあ、つまるところ。
文句なしの美人だった。
僕の前で彼女と対峙している真理亜も、相手さんが想像していた「元恋人のストーカー」とはかけ離れた容貌だったんだろう。
年齢は、僕たちより7,8歳ほど上に見える。
この時明らかに、僕にとっても真理亜にとっても、相手が「年上の綺麗なお姉さん」にしか見えなかった。
また不思議なことに、どうやら女の子という生き物は、自分より綺麗な年上の女性を見ると、そのほとんどが羨望の対象に変わってしまうらしい。
おそらく、「犯人」をとっちめて手紙を出し続ける真意を確かめようとしていた真理亜も、「ごめんなさい。人違いでした」
と素直に謝らざるを得なかった。
当の相手の女性はと言うと、突然やってきた二人組の男女に詰め寄られそうになって驚きを隠せないでいたらしい。
「あなたたちは?」と、僕たちの正体を暴こうと聞いてきた。