「進め! 進め! 事が終われば金銀財宝、ついでに美姫までついてくるかもしれねえ!」
山賊の頭の首を落とした男が、急ごしらえの神輿の上でそう扇動する。
この神輿、中は空っぽである。そもそも集まったのも格も特にない山寺の僧兵共である。
所詮それは強訴の真似事に過ぎなかった。
せいぜい神輿を門に打ち付けて、丸太代わりにするくらいにしかならなかっただろう。
「へへへ、お頭の女の娘……さぞかし美人に育っているだろうよ」
そう下卑た笑いをこぼしたその頭を、一本の矢が貫いた。
「え」
こうして彼は一瞬で絶命した。
「おいおい、話が違うぞ!」
山賊達から悲鳴のような声が上がる。
「逃げるか!?」
「逃げられるものか!」
「かかれ、かかれ!」
そう神輿を担いで突進する山賊と僧兵であったが、そこに雨あられのように矢が降り注いだ。
「み、都を血で汚すのに、一切のためらいがないのか!」
自分たちで決起をしておきながら、山賊達からそう悲鳴が上がる。
血や死体の穢れは貴族にとっても帝にとっても忌むべきもの。彼らの有利はそこにあったはずだったが、気付けば、辺りは血の海だった。
「やれやれ! 主上のお許しが出た! 何? 通りが使えなくなる? そんなのいくらでも物忌みさせれば良いのだ! 山賊風情を調子に乗らすな!」
そう檄を飛ばすのは兵部卿宮よりこの場を任された肥後守。
「俺は鞠の君様を幼い頃から知ってるんだ! あの方を奪わせるなど言語道断!」
そう叫んで弓引くのは太政大臣の懐刀の武士。東宮の護衛に付いていたこともあり、そして摂関家で育てられた幼い頃の鞠の君をよく知っていた。
「……鞠の君様はあいつらに育てられてなどいない。運良く生きていただけだ」
小さくつぶやくその武士は、彼女の痩せ細った体を覚えていた。
「恥知らずにも、摂関家の女君、鞠の君様の親を名乗る山賊共を蹴散らせ!」
そう号令を掛け、絶え間なく彼は弓を引き続けた。
「化野の露にしてやれ!」
こうして山賊僧兵区別なく、京の都に死体の山が築かれた。
「もう都じゃ、そんな噂で持ちきりですよ」
「…………」
春式部のため息交じりの言葉に、鞠の君は無言で手を合わせた。
死んだ山賊の中に自分の実の父がいたかはわからない。
そもそも弔ってやる義理もない。
しかし彼女は何故かそうせずにはいられなかった。
彼女たちは今日、内裏へ戻る牛車の中であった。
それには厳重な警護がついていた。
「雷鳴壺……懐かしいようなそうでもないような」
春式部はそう言った。
鞠の君は微笑んだ。
「そうですね」
久方ぶりの晴れ晴れしい主人の笑顔に、春式部は思わず涙ぐんだ。
その夜、ついて早々だというのに雷鳴壺には帝の訪れがあった。
待つことさえいつしかやめていたそれを、鞠の君は受け入れた。
「待たせてしまった、本当に、本当に」
「……これから、いっしょにいてくださいますか?」
「むろんだ」
それから一年と半年後、摂関家から嫁いだ雷鳴壺の女御の元に第一皇子が生まれた。
帝はそれはそれはお喜びになり、摂関家で里帰り出産をしていた雷鳴壺の女御の元にいち早く駆けつけ、皇子と雷鳴壺の女御に面会した。その噂は都中を駆け巡り、雷鳴壺の女御が皇后になるのはもはや確実であろうと人々は囁きあった。
そして第一皇子が三歳になったとき、彼は正式に皇太子に任ぜられ、皇太弟から退いた帝の弟君は式部卿宮を拝命した。
そして雷鳴壺の女御は雷鳴壺から弘徽殿へと移り、正式に皇后となった。
その後、皇后は第一皇子とあわせて五人の親王内親王を産んだ。
内親王の一人は葵祭の斎院となった。
皇后は子供達全員を大層かわいがり、慣例に背いて出来るだけ手元で育てた。
それを帝も許した。
帝と皇后は年を取っても仲睦まじく、いつまでも傍らに鞠を置いて語り合ったという。
山賊の頭の首を落とした男が、急ごしらえの神輿の上でそう扇動する。
この神輿、中は空っぽである。そもそも集まったのも格も特にない山寺の僧兵共である。
所詮それは強訴の真似事に過ぎなかった。
せいぜい神輿を門に打ち付けて、丸太代わりにするくらいにしかならなかっただろう。
「へへへ、お頭の女の娘……さぞかし美人に育っているだろうよ」
そう下卑た笑いをこぼしたその頭を、一本の矢が貫いた。
「え」
こうして彼は一瞬で絶命した。
「おいおい、話が違うぞ!」
山賊達から悲鳴のような声が上がる。
「逃げるか!?」
「逃げられるものか!」
「かかれ、かかれ!」
そう神輿を担いで突進する山賊と僧兵であったが、そこに雨あられのように矢が降り注いだ。
「み、都を血で汚すのに、一切のためらいがないのか!」
自分たちで決起をしておきながら、山賊達からそう悲鳴が上がる。
血や死体の穢れは貴族にとっても帝にとっても忌むべきもの。彼らの有利はそこにあったはずだったが、気付けば、辺りは血の海だった。
「やれやれ! 主上のお許しが出た! 何? 通りが使えなくなる? そんなのいくらでも物忌みさせれば良いのだ! 山賊風情を調子に乗らすな!」
そう檄を飛ばすのは兵部卿宮よりこの場を任された肥後守。
「俺は鞠の君様を幼い頃から知ってるんだ! あの方を奪わせるなど言語道断!」
そう叫んで弓引くのは太政大臣の懐刀の武士。東宮の護衛に付いていたこともあり、そして摂関家で育てられた幼い頃の鞠の君をよく知っていた。
「……鞠の君様はあいつらに育てられてなどいない。運良く生きていただけだ」
小さくつぶやくその武士は、彼女の痩せ細った体を覚えていた。
「恥知らずにも、摂関家の女君、鞠の君様の親を名乗る山賊共を蹴散らせ!」
そう号令を掛け、絶え間なく彼は弓を引き続けた。
「化野の露にしてやれ!」
こうして山賊僧兵区別なく、京の都に死体の山が築かれた。
「もう都じゃ、そんな噂で持ちきりですよ」
「…………」
春式部のため息交じりの言葉に、鞠の君は無言で手を合わせた。
死んだ山賊の中に自分の実の父がいたかはわからない。
そもそも弔ってやる義理もない。
しかし彼女は何故かそうせずにはいられなかった。
彼女たちは今日、内裏へ戻る牛車の中であった。
それには厳重な警護がついていた。
「雷鳴壺……懐かしいようなそうでもないような」
春式部はそう言った。
鞠の君は微笑んだ。
「そうですね」
久方ぶりの晴れ晴れしい主人の笑顔に、春式部は思わず涙ぐんだ。
その夜、ついて早々だというのに雷鳴壺には帝の訪れがあった。
待つことさえいつしかやめていたそれを、鞠の君は受け入れた。
「待たせてしまった、本当に、本当に」
「……これから、いっしょにいてくださいますか?」
「むろんだ」
それから一年と半年後、摂関家から嫁いだ雷鳴壺の女御の元に第一皇子が生まれた。
帝はそれはそれはお喜びになり、摂関家で里帰り出産をしていた雷鳴壺の女御の元にいち早く駆けつけ、皇子と雷鳴壺の女御に面会した。その噂は都中を駆け巡り、雷鳴壺の女御が皇后になるのはもはや確実であろうと人々は囁きあった。
そして第一皇子が三歳になったとき、彼は正式に皇太子に任ぜられ、皇太弟から退いた帝の弟君は式部卿宮を拝命した。
そして雷鳴壺の女御は雷鳴壺から弘徽殿へと移り、正式に皇后となった。
その後、皇后は第一皇子とあわせて五人の親王内親王を産んだ。
内親王の一人は葵祭の斎院となった。
皇后は子供達全員を大層かわいがり、慣例に背いて出来るだけ手元で育てた。
それを帝も許した。
帝と皇后は年を取っても仲睦まじく、いつまでも傍らに鞠を置いて語り合ったという。