蒼太先輩、すんません、今から俺もそっち行きますよって、許したってください。

 圭の心が闇に閉ざされ、堕ちていこうとしていたそのとき、暗闇の彼方で綺麗なメロディが流れてくるのが聞こえた気がした。

 とても綺麗で、優しく甘く、でもどこか力強く心を揺さぶる音だ。
 あの音は……旭くんだ。

 え? 旭くん?

 ハッと我に返った圭は、それが部屋の隅にある飾り棚の上の携帯が発する音だと気が付いた。

 そのメロディは圭が旭に送り、旭が曲をつけたモノで、旭の新曲のカップリング曲としてCDに収められているものだった。当初予定していた新曲よりもそっちのほうが人気が高いと、旭がちょっと拗ねながら嬉しそうに話してくれた、圭の思いをこめた曲だ。もちろん発信主は旭。

「は、はい! あ、旭くん? 旭くんやろ?」
 慌ててでると、携帯のむこうから旭の柔らかい声が聞こえてきた。

『うん』
「どないしはったんです? 今仕事中やなかったですか?」
 圭は酷く動転していた。なぜな、旭はいつでも気が抜けるほどそっけなく、恋人と呼ぶようになってからも、旭のほうから連絡が入ることなど殆どなかったからだ。直に電話がかかってきたのもはじめてだった。

『今、休憩時間……ね、圭くん大丈夫?』
「え? 」
 大丈夫、とはどういう意味だろうか、まさか旭も今の中継を見てた?
 旭には以前、自分には風祭蒼太という尊敬していた先輩がいたと話したことがあったが、詳しい話はしなかったし、写真を見せたわけでもない。だいいち自分も写真なんて持ってない。
 旭にわかるはずはない、だがそれしか思い当たらなかった。

「あの旭くん、もしかしてテレビ、見よりました?」
『うん』
「……」

 黙り込む圭に、旭の静かで温かい優しい声が響いてきた。

『見てた、それで……圭くんが、泣いてるんじゃないかと思って……』
「や、そんな泣いてなんか……」

 それは本当だった、あまりの衝撃に泣くことさえ出来なかったのだ。

『でも、辛いでしょう?』
「え、や、そん……」
『圭くんにとって大事な人だったんでしょう? 辛い思いをしてるんじゃないかなって思って』
「……そんなことないですよ」

 これは現実か? 旭が自分を心配してくれているのか?
 驚くほど優しく、綺麗な声でそう言われて、実感が湧かなかった圭はどこかぼんやりとその声を聞いていた。