「逃げてください蒼太先輩! ここは俺が抑えます」
十四歳の圭がそう叫ぶと、額あたりから血を流し、少しよろめいた蒼太が怒鳴り返してきた。
「アホぬかすな! 俺は壬晒組の風祭蒼太やぞ、お前みたいなチビおいて一人で逃げられるか!」
「けど先輩!」
その日の抗争相手は学生ではなかった。
圭と蒼太の壬晒組は派手にやり過ぎたのだ。
何度も繰り返される学生間の抗争の中で、ちょくちょく地元の地回りにぶち当たった。思わず知らずに、叩き伏せたりもした。喧嘩の邪魔をされたくなくて、知っていてなお、袋にしたこともあった。
自分達は天下無敵だと思っていた、いい気になり過ぎたのだ。連中も壬晒組、そして蒼太と圭を見過ごせなくなってきたらしい。
今日そのツケが廻ってきた。
地回りに取り囲まれ、壬晒組の仲間は殆ど倒された、立っているのは蒼太と圭だけだった。二人の前には五十名近い敵がいる、勝ち目はない。
「けどやない! こうなったんは総長の俺の責任や、オトシマエつけるんは俺やで、ガキはすっこんどれ!」
蒼太はそう叫ぶと同時に圭の学ランの胸座を掴み地面に叩き付けた。そしてそのまま体重をかけて押さえ込み、睨む。 一瞬見交わされた瞳には失いたくない何かを護りたいという温かい光が宿っているように見えた。
蒼太はゆっくりと背面の地回りに振り向いて、潔い落ち着いた総長らしい声で言った。
「総長は俺や、こいつ等全員俺の指示で動いとった、責任は全部俺にある、投降するで、ヤルんやったら俺一人にしてくれんか?」
「蒼太先輩! アカンです、そんなん……!」
押さえ込まれた姿勢から思わず叫び返す圭に蒼太は平手を喰らわせて怒鳴った。
「チビがエラそうに吠えんな! ガキは早よ帰って勉強でもしとれ!」
「嫌や!」
ここで引っ込んだらもう蒼太に会えなくなる。そんな気がして圭は縋った。失いたくない何かを護りたいという思いは圭の胸にもあったのだ。
自分を押さえ込んでいる蒼太の腕を振り解き、ヨロヨロと立ち上がる。そして涙の滲んだ目で蒼太に睨み返した。
「なんでですか! 俺は総長補佐ですよ、副長や! 総長の傍に最後までおって総長護るンは俺の役目やないですか!」
「圭……」
呆然としながらも立ち上がった蒼太は、拳を震わせて叫ぶ圭の涙と血で濡れた瞳を、切なげに見ていた。
「言うてくださいよ俺に、奴等を潰せて言うてください! したら俺、あんなん全員叩き伏せたりますよ!」
血の吹き出る思いで叫んだ圭を、蒼太も涙を滲ませた目で見つめながら近づく、そしてそっと手を伸ばし、まだ小さかった圭の身体を包み込むように抱きしめた。
「圭……ええ子やな、スマンもうええんや」
「蒼太先輩……?」
圭は急に優しく囁かれて戸惑った。油断したのだろう、思わず力が抜けた。その瞬間を狙い、蒼太は圭の鳩尾に重い拳を入れる。
「……ッ」
「悪いな、大人しく寝とってくれ」
意識を失う寸前まで、圭はユックリ自分から離れていく蒼太の背中を見ていた。