「あ……す、すんません! けど、そんな大した怪我やないですし、こんな傷、男にとっちゃ勲章みたいなもんやと……」
「阿呆が……俺はお前の顔も気に入っとるんやで、勝手に傷つけるんやない、明日ちゃんと病院行けや? 傷残したらあかん、ええな?」
「は、はい……すんません、そうします」
 蒼太は、従順にそう答える圭の肩を抱き寄せ、傷がそれほど深くないことを確かめるように、やわやわと指で撫でる。彼の指先は傷口すれすれを行きかい、妙にゾクゾクした。その先になにがあるわけでもないのに、先を求め、身体が熱くなる。脈打つ心臓が痛くて、なぜか酷く後ろめたい気がした。
 自分が蒼太に何を見て、何を求め、どうして欲しいのか……そのときはわからなかったが今ならわかる。
 あのとき自分は彼に恋していたのだ。先輩と呼び、後輩として付き従いながら、彼とそうなれることを望んでいた。だがそれは絶望的に一方通行の想いだ。その感情には出口がない。閉じ込められた想いは密閉された瓶の中で腐るしかない。はっきりそうとわからなくとも、その予感だけで充分に怖い。行き止まりの恋は、初めてだった。

 ガタガタと、トタン屋根の上に風が走っていくのが聞こえる。
 小さくボロく明かりもない薄暗く小汚いその部屋で、圭は永遠とも思えるときを、蒼太と過ごしたのだ。
 親に世間に、世界に見捨てられたような寒さを補いあうように、冷えた身体を温めあうように、お互いのすえた匂いを確かめあうように、行く先が暗闇しかないとわかっていながら、ただともに生きた。煙草臭く埃っぽいその部屋は、圭と蒼太の夢の城だった。



『あ、たった今、動きがありました、どうやら警官隊が突入の模様です』


――────え?


 液晶画面の中で叫ぶようにそう告げるレポーターの声で現在に引き戻された。
 蒼太と過ごしたボロアパートをジュラルミン製の盾を持った警官隊が取り囲んでいるのが見える。

 そこで突入するのか?
 人質がいると言っていたのに、正面切って行くものだろうか?
 だがやがてそう思って見つめる画面の中のアパートから、白煙が上がるのが微かに見えた、催涙弾か何かが投げ込まれたようだった。警察官だろうか、幾人かが中へ走りこんでいくのが見える。

――────蒼太先輩!

 思わず身を乗り出して画面に見入った。身体がカッと熱くなり、心臓の鼓動が自分にも聞こえるくらい激しく高鳴る。

――────逃げて、逃げてください! 蒼太先輩!