「蒼太先輩! 西側制圧完了しました!」

 部屋の奥で煙草を吹かしながら部屋に駆け込んできた圭を見返してくるのは、地元で一番の勢力を誇る学生グループ、壬晒組《みさらしぐみ》の総長、風祭蒼太(十八歳)だった。喧嘩の腕と度胸のよさ、頭の良さを見込まれ、圭は十三歳というまだ子どもとも言える幼さで、総長補佐を任されていた。
 圭と蒼太が仕切る壬晒組は京都と兵庫の境目にあり、海の見えるボロくて小さな街だ。
 小さな街でもそれなりに勢力争いというものがある。いや、小さいからこそ、その勢力争いは厳しかった。今も西に陣取る京成連合との小競り合い中で、大将である蒼太は指揮をとり、先鋒は圭が務めていた。そして一番攻防の厳しかった西地区を制圧したと、報告のため戻ってきたところだ。

「圭か、おう、ご苦労やったな」
「いえ、何ともあらへんですよ、あんなん、カスばっかやったですし」
 ゆっくり振り向いてニヤリと笑う蒼太に圭は自慢げに、自然とほころびて来る口元を引き締めながら返事をする。
 その地区一番の強さを誇る蒼太を尊敬していた圭は、蒼太に勝利を報告し、褒められることが嬉しくて、いつも全力で戦っていた。そして蒼太も圭の報告をいつも嬉しそうに聞いてくれていた。
 見交わしてくれる瞳が熱い。

「そうか、上出来や、まあそこ座れ」
「あ、はい、ありがとうどざいます」
 右手の指先に煙草を挟んだまま、蒼太が隣の床をつつくように示す。圭は蒼太が自分をすぐ近くに置いてくれることを誇らしく思いながら隣へと座り込んだ。彼の体温を感じ、頬が紅潮する。
 煙草を咥えている蒼太が大人に見える。自分も早く彼のようになりたいと思った。
 だからいつも蒼太の持つ煙草を欲しがった。だが蒼太はそれを許さなかった。

――──ガキにはまだ早い。

 それが圭に煙草をやらせない理由だったのだが、その頃まだ小柄で小学生なみの身長しかなかった圭には反論するすべもなく、渋々従いながらもいつか同じ煙草をふかし、蒼太の横に並ぶ日を夢見ていた。その日も咥え煙草の蒼太を眩しく見つめるだけだったが、それだけでも嬉しかった。
 嬉しそうに自分を見上げている圭の顔を見返した蒼太は、自分より十五センチも小さな圭の後頭部に手をまわす。そしてグイと力をこめ、ひたいがぶつかるほど引き寄せて睨んだ。
「血ィ出とるぞ、圭」
 蒼太は圭のひたいに流れる血を指先で拭い、手にしていた煙草をアパートの壁で揉み消す。
「あ、すんません、ちょい油断しました、向こうヤッパ持っとるモンがおって、ちっと……でもすぐ片付きましたんで別に大事ないです」
 圭が慌ててそう答えると、蒼太は圭の後頭部を掴んだまま、喧嘩度胸に似合わず幼い黒目がちな瞳を覗き込んだ。
「圭……お前自分が誰のモンなんかわかっとんか?」
「え、や……あの、そら蒼太先輩のモンです、俺は蒼太先輩に命預けてますよって」
「そうか? ほならその顔に傷付けんは、俺に傷付けんのと同じやってわかるか?」