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 彼と出会ったのは、春の盛りだった。
 天気の良い日で、彼方に州都の城門まで薄らと見えていた。麗らかな陽気の中、薄紅色の花が咲き誇っている木の枝の上で、暢気に景色を描いていた私は、どんという衝撃で我に返った。
 ――子供がいた。
 年下だと分かったのは、その子が華奢で小さかったからだ。しかし、見た目にそぐわない強い眼光は、真っ直ぐ私だけを捉えていた。
 この子が大木の幹を、揺らしたのだ。

「何ですか? 君は?」
「私も、そこに行きたいんだ」

 真っ直ぐな物言いに、面食らいながらも、私はその子を見遣った。木登りは無理な格好だった。沓を脱いではいるものの、長ったらしい裳が絡まって、上手く登れやしないだろう。
 しかし、その子は諦めることなく、懸命に素足を樹の幹に擦りつけている。
 私は慌てて写生道具を懐に仕舞いこんで、地面に飛び降りたが、子供は私になど目もくれなかった。

 そんなにまでして、高い所に行きたいのか?

 肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪が、汗で頬に張り付いている。逆風が彼の行動を制止するように吹き荒れ、薄紅色の花弁が乱舞していた。
 正直なところ面白いので、そのまま見守ろうかと思案したが、しかし、見るからに木登りなんてしたことのない子供が、頑張りすぎて怪我でもしたら大変だ。私は、十回目の挑戦に失敗し、ずるずる下に落ちてきたその子の気を引くつもりで、懐から取り出した半紙に、さらさらと鳥の絵を描き、術を使ってみせた。
 ――そうだ。今思えば、それが人生最大の過ちだったのだ。