そうしてしばらく、如閑とともに蘭舟宮に通っては侍女に追い払われる日々を過ごしていた。門を守る侍女とも顔馴染みになり、呆れ顔で迎えられる。

「あんたたちも懲りないね」
「陛下の命ですから……」
「だからっていい加減嫌になるでしょ。こっちだって追い払うのに飽きてきたさ」

 侍女の名は浪浪といった。がっしりとした体つきで、身の丈ほどもある棒をいつも携えている。棒術が得意なのだそうだ。それで芙蓉の足元をどつきまくるので、知らず足捌きが上手くなった。
 いつものように追い返されるかと覚悟していたら、浪浪は親指で碧楼宮の中を示した。

「でも正直、今日は来てくれて助かったよ。……侍女が一人、怪しいモノに襲われてね。目覚めないんだ。見てやってくれ」

 芙蓉は如閑と顔を見合わせる。顔つきを引き締め、浪浪の先導で碧楼宮に飛び込んだ。
 案内されたのは侍女たちの寝室だった。そこに並べられた臥牀の一つに少女が横たわっている。その周囲に集まる心配そうな侍女たちに、浪浪が声をかけた。

「一旦どきな! こいつらを連れてきたよ」

 侍女らの視線が一斉に集まる。役に立つのかという疑念と、もしかしたらという期待。芙蓉は唾を飲み込んだ。
 彼女の目には、少女の頭に黒い靄が取り憑いて見えた。蛇のようにとぐろを巻き、しがみついて離れない。そしてその尾は、臥牀の下に伸びていた。

「如閑さま」

 思わず声をあげると、如閑も短く頷いた。

「あれですね。さっさと祓ってしまいましょう」

 注目を集めながら、芙蓉は床に膝をついて臥牀の下を覗き込む。そこには、禍々しい気配を放つ呪符が貼られていた。

「ありました!」

 手を伸ばす。触れたときにバチンと弾かれるような痛みが走ったが、気にせず引き剥がした。

「如閑さま、これです」

 臥牀の下から這い出して、呪符を掲げる。侍女たちが悲鳴をあげた。気づけば芙蓉の手はざっくりと斬られ、血が流れていた。

「……窮奇、来なさい」

 呼びかけに応え、如閑の影から窮奇が現れる。その姿にまた侍女たちがどよめいた。芙蓉は気にせず、大きく開けられた口に呪符を放り込む。

「変なものを食べさせてごめんなさい!」

 窮奇の口が閉じられる。少し口をもぐもぐさせていたかと思うと、顔をくしゃくしゃにしてまた影の中に戻っていった。不味かったのかな、とちらりと考える。

「……お、終わりました?」
「さて、どうでしょう。目が覚めると良いのですが」

 臥牀に顔を向けると、少女の頭から黒い靄は取り払われている。やがて、短く呻いて薄く目を開いた。

「……えっと?」

 少女が困惑したように眉根を寄せる。その視線が芙蓉の手に向けられて、勢いよく起き上がった。

「やだ、ひどい怪我じゃない! 早く手当てしないと」