「如閑どのと瓏宝林ね。陛下から話は伺っておりますわ」

 蘭舟宮の門で侍女に声をかけると、二人はすぐに劉貴妃の待つ室へ通された。貴妃はゆったりとした絹の襦裙に身を包み、長椅子でくつろいでいた。四夫人の中でも最も位の高い貴妃を務めているだけあって、妖艶な美貌が目を引く。緩くうねる髪を胡蝶の簪でまとめ、うっすらと化粧を施していた。それでも、随分と顔色が白いように見える。芙蓉は、ちらりと如閑と視線を交わした。
 貴妃は大きく膨らんだ腹を右手で撫でながら、

「確かに、最近私の侍女が何人も体調を崩しておりますわ。それが呪いなのか、私が至らないからなのかは分かりませんけれど」
「呪いでしょう」

 如閑は言い切った。貴妃が目を丸くする。けれど、芙蓉も如閑に賛成だった。
 蘭舟宮に足を踏み入れたときから、気分が悪くなりそうなほど濃密な靄がそこら中に凝っていた。今も貴妃の体にまとわりついているのだ。これで無事に出産できるとはとても思えない。

「心当たりは?」
「さあ。こんな立場ですもの、誰に妬まれても、恨まれてもおかしくありませんわ。特に瓏淑妃には、ねえ」

 貴妃がちらりと芙蓉に目を向ける。芙蓉はきょとんと瞬いた。

「ねえ、瓏宝林。あなたはここに何をしにいらしたのかしら」
「……え……?」

 如閑が庇うように芙蓉の前に出る。しかし、貴妃はそれを許さなかった。椅子から立ち上がり、如閑を押しのけて芙蓉の目の前に向かい立つ。

「正直申し上げて、私、あなたを疑っているわ。噂だけは聞いているもの。幽世に通じている下女がいるって。瓏淑妃のために、あなたがその技を使って他の后妃を呪っているんじゃなくて?」
「そんな……」

 そんなふうに思われているとは夢にも思わなかった。けれど貴妃の顔は真剣で、周りの侍女たちの視線も険しい。芙蓉は半歩下がりながら、うろうろと目線を彷徨わせた。

「私は、陛下に命ぜられて……」
「それも良くやったわよね。しがない下女でしかなかった女が、一夜にして宝林に。一体どんな方術を使ったのかしら」

 貴妃に詰め寄られ、芙蓉は縮こまった。そんなことはこちらが聞きたいくらいなのだ。
 貴妃は珠玉のかんばせに麗しい笑みを浮かべ、ピシリと言い切った。

「私、自分が信じられない人間を近くに置くほど愚かではないの。お引き取りくださいな」