翌朝。
 芙蓉は外朝の一室でガタガタ震えていた。四方を囲む白壁には玖蓮国の神獣が描かれ、天井には砕いた瑠璃で描かれた星図が広がっている。この国で最も貴き人間が座するのにふさわしい豪奢さだった。
 皇帝の執務室である。
 芙蓉は朝一番に叩き起こされ、身支度もそこそこの内にここに拉致されたのだ。
 目の前には玉座に座す皇帝。その隣に立つのは、黒い長袍を身につけた如閑。しがない下女である芙蓉は、跪いて叩頭したまま震えるしかなかった。

「……顔を上げろ」

 皇帝に声をかけられて、恐る恐る面をあげる。皇帝は厳しい顔つきで芙蓉を値踏みするように目をすがめた。

「お前には、常世ならざるものが見えるらしいな」
「……は」

 喉が詰まり、掠れた声しか出ない。明らかに、昨日の園遊会のことが皇帝の耳に入っているのだ。

「そう怯えるな。お前は玉環とはだいぶ毛色が違うな」

 皇帝が呆れたようにため息をつく。それにもびくりと肩を揺らし、芙蓉は床に視線を落とした。きっと玉環なら、この国で最も偉い人間に対しても自然体で接することができるだろう。玉環は強いから。芙蓉とは違う。
 皇帝が如閑を指差した。

「昨日のことはこいつから聞いた。後宮に妖怪が現れたとか。俺は呪いだの妖怪だのは全く見えない体質だが、悪意には敏感だ」

 皇帝は一度言葉を切り、唇を引き結んだ。見えない敵を睨みつけるように、顔をしかめる。

「ここ最近、後宮には悪意が満ち溢れ、貴妃を狙っている。その妖怪も悪意を持つ誰かが後宮に放ったのだろう。目的は明らかだ。貴妃の身篭っている皇帝の子だろう。それがなくとも、そもそもあそこは恨みと憎しみの坩堝だがな」

 芙蓉は何も言えない。ふと、横顔に視線を感じた。少し顔を傾けると、じ、とこちらを注視する如閑と目が合った。彼は無表情で芙蓉を眺めていたが、目があった瞬間に笑顔の仮面を被る。手を振ってきそうな愛想の良さだ。意図が汲めず、芙蓉はさっと視線を逸らす。
 皇帝が一つ、咳払いをした。それで芙蓉も如閑も、皇帝に顔を向けた。

「単刀直入に言う。──瓏芙蓉に命ずる。方術士如閑とともに、悪意を退け、貴妃と皇帝の子を守れ」

 芙蓉は目を見開く。如閑の言っていた強硬策とはこのことだろう。しかし、皇帝に直訴して願いを聞き届けてもらえるとは、一体何者なのだろう。皇帝は彼のことをこいつなどとぞんざいに呼ぶが、それは深い仲から来る親しみの表れのように思えた。
 とはいえ、芙蓉のできることは一つしかない。速やかに頭を垂れ、小さな声で返事をした。

「──仰せのままに」