「これが例の呪具ですか」

 貴妃が着込んだあと入室を許された如閑が、床に転がったお守りの残骸を観察して唸った。破れかけた巾着と干からびた毒虫の死骸をつまみあげ、面白そうに笑う。

「誰にもらったものか心当たりはないのですね?」
「ええ。それをつけている間は、とても大切な人にもらったと思っていたわ。それに、外したらとても良くないことが起こると頑なに信じていたの。周り全部が敵に思えて……今思えば、それも呪具に操られていたのね」

 麗鈴の淹れた茶を飲みながら、貴妃は肩を落とした。その顔は憑き物が落ちたように穏やかだ。柔らかな仕草で芙蓉を呼び寄せる。

「ごめんなさい、芙蓉。私、あなたにとてもひどいことを言ったわね。それに怪我までさせて……謝って許されることではないけれど、どうか謝らせて。何か欲しいものがあれば何でも言って頂戴」
「いえ、そんな……」

 芙蓉は顔を真っ赤にして首を振った。まだ心臓が激しく跳ねている。自分があんな大それたことをしでかしたなんて信じられなかった。
 私は、何にもできない役立たずだったのに。
 それが人を守り、助け、感謝されている。今までの人生で一度もなかったことだ。芙蓉はどうしたらいいか分からなくて、ただ必死に首を振ることしかできなかった。如閑がそんな彼女を微笑ましそうに見つめている。
 劉貴妃が明るく笑った。

「さっきまであんなに凛々しかったのに、おかしな子ね。いいわ、また思いついたら何でも言いなさいな。私の手の及ぶ限り、叶えてみせましょう」
「いっそ、碧楼宮なんてやめて蘭舟宮で働いたらどう? 芙蓉なら大歓迎よ」

 麗鈴が目を輝かせる。劉貴妃が手を叩いた。

「いいわね、それ。私もそうして欲しいわ」

 けれど、それが叶えられる日はついぞなかった。
 惜しまれながら碧楼宮に一人戻った芙蓉を待っていたのは、意地悪げな玉環の笑み。その紅唇からは、毒のような言葉が吐かれた。

「お帰りなさい。お姉様の下賜が決まったわよ」
「は……?」

 芙蓉は呆然と立ち尽くす。玉環は開いた扇で口元を隠しながら、芙蓉に顔を近づけた。

「さっき、陛下から使いがやってきて、そう告げたのよ。うふふ、それから、今宵私には御通りがあるって」
「わ、私は誰に下げ渡されるの」
「朱太保だそうよ。太保なんて名誉職、まだ誰かが就いていたのね。よぼよぼの爺じゃないかしら。せいぜい励みなさいよね」

 凍りつく芙蓉をその場に残し、玉環は手を打ち合わせて侍女を呼んだ。今宵の閨に備えて、着飾るために。