「今日はわりと調子良さそうだし、さくっとやっちゃおう」
ちなみに清めるのは『この場』ではない。神々に知られたらなんの冗談かと鼻で笑われそうだが、対象は大岩の向こうで眠っている『天照大神』だ。
(神さまを清めるのに縮小版って……自分でもものすごく舐めてると思うんだよね)
相手が親だからこそ出来る所業だ。
義母とはいえ最高神だけど。天つ神のなかでもっとも偉い神さまなんだけど。それでもやっぱり母だから、白火に負けて妥協した。
「白火、離れててね」
盆から鈴輪を二つ取り上げながら真宵は声をかける。
ここで儀式をやるのは初めてではないし、仮にも神使なので心配はないだろうけども、まあ一応。
「うぅ……どうしても、どーーーしても、やるんですか?」
「うん」
白火がまたしょげかえった。どうやら真宵がこの儀式をするたびに精神が擦り削られるらしく、無駄だとわかっていてもぎりぎりまで止めようとしてくる。
だがあいにく、これに関しては真宵もやめるつもりはない。
鈴輪を腕に通す際、シャランと洗練された鈴の音が洞窟に反響した。
その名の通り大小様々な鈴が連なった腕輪だが、こう見えてこの世に二つとない神具のひとつだ。
清め鈴の発する音色には、それだけで穢れを祓う効果がある。
浄化を助長してくれる優れものなので、巫女服や鋏同様、儀式の必需品だ。
「さて、はじめようか」
ひとつ深呼吸して気持ちを落ち着かせ、真宵はその場でゆっくりと舞い始める。
『ひふみ よいむなや こともちろらね──』
舞いながら唱えるのは、ひふみ祝詞。古くから言い伝えられてきた転換の神歌だ。
転換──つまり『厄』を『幸』へ転じる言霊の力が宿る歌。清めの効果とともに、言霊に想いを宿して相手に伝えることが出来ると言われている。