その先に広がるのは部屋ではなく、御殿の裏手だ。
ここは岩壁に深く掘られた洞窟に直接繋がっている。
もっとも洞穴は中腹部辺りで強力な封印が施された大岩に塞がられているため、それ以上奥には進めないのだが。
「真宵さま。ぼく、照らしますね」
そう言って人の子の姿に変化した白火は、手のひらにポッと青白い狐火を出した。
外の光がいっさい届かない洞窟。
一寸先すら見通せないほど暗闇に包まれていた空間が、火の灯りによってぼんやりと全容が浮かび上がる。
ゆらゆらと炎が揺れるたびに、岩肌の凹凸に出来た幻影が動き、まるで洞窟全体が生きているかのようだ。
「いつもありがとね、白火」
扉を開けるために一度床に置いていたお盆を持ち、真宵は先へ進む。
洞窟内はよりいっそうひんやりとしていた。足袋裏に感じる剥き出しの地面。静寂が広がるその場所に、真宵の足音だけがひたひたと反響する。
(やっぱりここに来ると落ち着く……)
この洞穴には穢れがない。流れる気は清涼で真宵によく馴染んだ。元は真宵の内にあったものなのだから当然だが、不思議とここにいると体が軽くなる。
大岩まで辿り着くと、真宵はふたたび盆を地面に置いて身なりを整えた。
真っ白な白衣から覗く椿の花のような深紅色の掛衿。下は同じ色の緋袴、上には千早と呼ばれる羽織を被っている。
そのままでは可愛くないからと、ところどころ装飾が施されてはいるが、これはちまたで巫女装束と呼ばれるものだ。
千早には淡い紫色の藤の花が描かれており、これは真宵のイメージらしい。
古ゆかしい神のくせに、何かと身なりには口煩かった天利のこだわりが現れていた。
真宵は【清めの儀式】をする際、必ずこの格好をする。