「神須屋さん」

「ぜってえ嫌だ」

「まだ何も言ってないじゃないですか」

「予測できる。スマホが見たいとか言うんだろ」

「その通り。出世できる男は格が違いますね」

「ぶん殴るぞ」


 神須屋が拳を固めたので花彌子は肩をすくめた。殴っても花彌子の意志は変わらない。神須屋に唯人の家族と連絡を取って、何とかスマホを見られるようにしてもらいたい。


 夜。酔っ払いと客引きがひしめく繁華街を歩きながら、花彌子は神須屋の腕を引っ張っていた。


「私は仲が良かったただのクラスメイトなんですよ。スマホを見せてもらう資格がないんです」

「だからっていきなり俺が連絡するのも不自然だろ。家族ってトコにどんな幻想を見ているか知らねえが、もう二十年以上会ってねえんだぞ」

「そこを何とか」

「ならねえ」


 返事はにべもない。神須屋は彼女の腕を振り払い、大股で歩き始めた。


「チッ、待ってくださいよ」

「今舌打ちしたか?」

「投げキッスの間違いじゃないですか?」

「それはそれでキメェわ……」


 ゾッとしたように身を引く神須屋に、花彌子は人差し指を立てた。


「じゃあ、できることから潰していきましょう。黒川に話を聞くんです」

「ああ、それはそうだな」


 神須屋が首を振る。花彌子はスマホを取り出し、画面を神須屋に見せた。そこには友人から送られてきた黒川の写真が映っている。サッカー部のエースというだけあって、短髪の爽やかなスポーツマン風の男だった。


「実はですね、昼間のうちに友達に聞いたんですけど、最近の黒川は荒れていて、放課後に酒を飲んでは憂さ晴らししているんですって」

「へえ」

「黒川が言っていた街をぶらついていたっていうのも、たぶん半分は本当じゃないかと思います。でも行った店なんかを詳しく言わないのは、恐らく、言えないからじゃないかと」

「なるほど。どこかで酒を飲んでいたと」

「ええ。神須屋さんなら詳しいでしょう。未成年にも酒を提供してくれる店」


 神須屋の視線が中空を向く。やがて一つ頷くと、花彌子の手を掴んだ。


「二、三軒、思い当たる店がある。行くぞ」