男たちはめいめいナイフや金属バットなどを持っていた。全員で五人。どの男も格好はチンピラ風だ。「モモセの兄貴の仇!」とか何かを喚きながら神須屋に殴りかかり、神須屋はそれを軽い身のこなしでかわしてカウンターに拳を叩き込む。


 花彌子は床を這って乱闘から離れ、厨房の奥に逃げ込んだ。そこではウエイトレスが、店内の騒ぎを気にも留めずに雑誌を読んでいた。


「すみません、お会計を」

「伝票は?」

「ここに。あ、会計別で。ココアだけ精算お願いします」


 ウエイトレスが伝票を受け取り、手を突き出す。そこにココア代だけを乗せた。


「あの、表の喧嘩なんですけど」

「良いのよ。ここで店を開く以上、よくあることだから」

「よ、よくある……?」

「アンタ、イロになるのは初めて? 見ときなさいよ。面白いから。ウフフ、男たちの殴り合い、飛び散る血、呻き声って最高よね」

「いや、私は……」


 ウエイトレスに背中を押され、物陰から顔を出す。怒号、悲鳴、骨の折れる音。それらが最悪のハーモニーを奏でている。その中心にいる神須屋は、本当に楽しそうに笑っていた。返り血を浴びて、相手の顔面を殴りながら、三白眼を見開いて大口を開けて笑っている。床は死屍累々といった有様で、血みどろになった男たちが倒れ伏していた。どれも彼にやられたものだろう。五対一でよくやるものだ。花彌子の背中に冷たい汗が流れた。


 やがて店内は静まり返り、立っているのは神須屋だけになった。彼はゆっくりと振り返ると、花彌子に向かって手を上げる。


「……会計済ませたか?」

「私の分は」

「出世できねえぞ。おらよ」


 神須屋がしわくちゃになった一万円札を放り投げる。花彌子は慌ててそれを受け取り、ウエイトレスに渡した。


「釣りはいらねえ、暴れて悪かったな」

「良いものを見物できましたから。またのお越しをお待ちしております」


 ウエイトレスはもはや恍惚とした表情で万札を握りしめている。それに目もくれず入り口へ向かう神須屋の背を、花彌子は慌てて追った。


「神須屋さん、さっきの人たちはなんですか? モモセの兄貴が何とかと言ってましたが」

「百瀬龍生っていうチンケな金貸しの子分だよ。女を寝盗ったとか何とかで百瀬が俺に絡んできやがったんで、こないだ始末したからそのせいだろ」

「始末……」


 花彌子の脳裏に、昨夜のビルの光景が蘇る。コンクリートの上に転がった、歯。背筋に震えが走るのを、二の腕をさすることで誤魔化した。


「さっさと行くぞ」


 先を歩く神須屋が振り返る。花彌子は小走りにその後を追った。