11
喫茶店に現れた村井ひまりは、花彌子の姿を見るなり泣き崩れた。
「ゆ、唯人が……死んだって、ほんと?」
花彌子が送ったメッセージには、すぐに返信が来た。外場家を辞したその足で、花彌子と神須屋はひまりと会うために駅前の喫茶店を訪れたのだ。なお、神須屋は見た目が怖すぎるため離れた席で二人の様子を窺っている。
ひまりを落ち着かせ、花彌子は切り出した。
「不躾だけれど……村井さんは、外場くんの彼女さん?」
ひまりの頬がかっと赤くなる。小さな手をもじもじと組み合わせ、かすかに頷く。
「う、うん……。付き合いだしたのは二年くらい前かな。塾で会ったの。勉強とか教えてもらううちに、何となくそんな感じに……」
「そう……」
花彌子は塾に通ったことがない。授業を一度聞けば充分なタイプだった。
「一緒に映画を見に行ったり、遊園地に行ったり、本当に楽しかった……大好きだったの。唯人が自殺なんてするはずない!」
ひまりはキッと眦を決して言い募った。花彌子も首を縦に振る。
「私もそう思う。だから調べているの」
「どうして……唯人は誰かに恨まれるような人じゃないのに……」
またひまりの瞳が潤みはじめる。彼女の瞼は腫れ上がり、こすった目元は真っ赤になっていた。
「村井さんと外場くんの間にトラブルはなかった?」
「あるわけない!」
ひまりは真っ直ぐに花彌子の瞳を見つめた。唇をムッと尖らせ、胸元で手を握りしめる。
「この間のクリスマスも、イルミネーションを見てキスしたの! 喧嘩だってしたことがない! ずっと上手くいってたの!」
「そ、そう」
花彌子は視線をさまよわせ、少し離れた席でコーヒーを飲んでいる神須屋に目を留めた。彼は肩をすくめ、話を続けろというようにひまりを顎で指した。
「……それじゃあ、他に外場くんが殺されるような心当たりはない?」
「ないに決まってる! 誰かと揉めていたって話も聞かないし、唯人は成績も良いから悩みもなかったと思うし……」
彼女たちのテーブルに、頼んだ飲み物が運ばれてくる。ひまりの前にはカフェオレ、花彌子の前には紅茶が置かれた。
花彌子はカップを人差し指で撫でる。じんわりした熱さが指先に伝わってきた。
「黒川鷹臣って名前聞いたことある? うちの学校では外場くんと揉めていたみたいなんだけど」
「誰それ? 知らない」
カフェオレを両手で持ったひまりがこてんと首を傾ける。一口飲んで、「あ」と声をあげた。
「もしかしてサッカー部の人? 飲酒で停学になったっていう」
「それ」
「ちょっと話してたかも。部室でお酒飲んでたところを唯人が見つけたんでしょ。でも、唯人にとってはそんなに大ごとじゃなかったと思うなあ。ちょっかい出されてるとは聞いたけど、唯人的には正しいことをしたから気にしてなかったみたい。そういうところあるでしょ」
花彌子は微笑んで頷いた。ひまりは勢いづいて、彼女の方へ顔を近づける。
「やっぱりそっちでもそんな感じなんだ? 私は、そういうところが好きで告白したの……」
悲しげに目を伏せる。目尻から涙が一筋落ちて、照明の光を受けてきらめいた。
その様子を見て、花彌子はためらいながら口を開いた。
「村井さんは、一月十七日の放課後、何してた?」
「十七日……?」
ひまりはぼんやりと上を見上げ、脇に置いたバッグから薄いスケジュール帳を取り出した。それをめくり、
「ああ、その日は塾に行ってた。十八時半から二十二時まで……英語と生物の講座を受けてたの」
「外場くんは同じ講座を受けていないの?」
「うん。私と唯人は古文と数学だけ被ってたの」
そういうものか、と花彌子はひとりごちた。
「十七日に、外場くんと連絡は取り合った?」
「朝、おはようの連絡をして……昼にも少しメッセ送ったかな。見る?」
今度はスマホを取り出し、画面を花彌子に向ける。そこには、朝の挨拶と昼休みに昼食の写真を送り合うメッセージが、絵文字に彩られて浮かんでいた。
この日、彼とは何を話したっけ、と花彌子は思いをめぐらせる。確か授業の合間に、たわいもないことを話したはずだ。次の授業のこととか、宿題のこととか。
ひまりはスマホの画面を暗くする。待ち受け画面が一瞬だけ目に入った。イルミネーションをバックに自撮りする二人の写真だった。
花彌子は深く息を吸い、ひまりに向き直った。小刻みに震える指先をテーブルの下で握り込む。
「あの、外場くんって、クラスメイトの話をすることあった?」
「え?」
ひまりが目を丸くした。それからほんの刹那、憐れむような光が瞳の奥底によぎった。
「えっと……あんまり、話さなかったかな。玖条さんのことも、私は初めて知ったし」
「そっか。そうだよね」
花彌子はできる限り綺麗に笑って、紅茶を口元に運んだ。
ひまりが少し俯いて、密やかにささめく。
「お願い、唯人を殺した犯人を探し出して……」
花彌子は真面目な顔を作って、頷くことしかできなかった。
喫茶店に現れた村井ひまりは、花彌子の姿を見るなり泣き崩れた。
「ゆ、唯人が……死んだって、ほんと?」
花彌子が送ったメッセージには、すぐに返信が来た。外場家を辞したその足で、花彌子と神須屋はひまりと会うために駅前の喫茶店を訪れたのだ。なお、神須屋は見た目が怖すぎるため離れた席で二人の様子を窺っている。
ひまりを落ち着かせ、花彌子は切り出した。
「不躾だけれど……村井さんは、外場くんの彼女さん?」
ひまりの頬がかっと赤くなる。小さな手をもじもじと組み合わせ、かすかに頷く。
「う、うん……。付き合いだしたのは二年くらい前かな。塾で会ったの。勉強とか教えてもらううちに、何となくそんな感じに……」
「そう……」
花彌子は塾に通ったことがない。授業を一度聞けば充分なタイプだった。
「一緒に映画を見に行ったり、遊園地に行ったり、本当に楽しかった……大好きだったの。唯人が自殺なんてするはずない!」
ひまりはキッと眦を決して言い募った。花彌子も首を縦に振る。
「私もそう思う。だから調べているの」
「どうして……唯人は誰かに恨まれるような人じゃないのに……」
またひまりの瞳が潤みはじめる。彼女の瞼は腫れ上がり、こすった目元は真っ赤になっていた。
「村井さんと外場くんの間にトラブルはなかった?」
「あるわけない!」
ひまりは真っ直ぐに花彌子の瞳を見つめた。唇をムッと尖らせ、胸元で手を握りしめる。
「この間のクリスマスも、イルミネーションを見てキスしたの! 喧嘩だってしたことがない! ずっと上手くいってたの!」
「そ、そう」
花彌子は視線をさまよわせ、少し離れた席でコーヒーを飲んでいる神須屋に目を留めた。彼は肩をすくめ、話を続けろというようにひまりを顎で指した。
「……それじゃあ、他に外場くんが殺されるような心当たりはない?」
「ないに決まってる! 誰かと揉めていたって話も聞かないし、唯人は成績も良いから悩みもなかったと思うし……」
彼女たちのテーブルに、頼んだ飲み物が運ばれてくる。ひまりの前にはカフェオレ、花彌子の前には紅茶が置かれた。
花彌子はカップを人差し指で撫でる。じんわりした熱さが指先に伝わってきた。
「黒川鷹臣って名前聞いたことある? うちの学校では外場くんと揉めていたみたいなんだけど」
「誰それ? 知らない」
カフェオレを両手で持ったひまりがこてんと首を傾ける。一口飲んで、「あ」と声をあげた。
「もしかしてサッカー部の人? 飲酒で停学になったっていう」
「それ」
「ちょっと話してたかも。部室でお酒飲んでたところを唯人が見つけたんでしょ。でも、唯人にとってはそんなに大ごとじゃなかったと思うなあ。ちょっかい出されてるとは聞いたけど、唯人的には正しいことをしたから気にしてなかったみたい。そういうところあるでしょ」
花彌子は微笑んで頷いた。ひまりは勢いづいて、彼女の方へ顔を近づける。
「やっぱりそっちでもそんな感じなんだ? 私は、そういうところが好きで告白したの……」
悲しげに目を伏せる。目尻から涙が一筋落ちて、照明の光を受けてきらめいた。
その様子を見て、花彌子はためらいながら口を開いた。
「村井さんは、一月十七日の放課後、何してた?」
「十七日……?」
ひまりはぼんやりと上を見上げ、脇に置いたバッグから薄いスケジュール帳を取り出した。それをめくり、
「ああ、その日は塾に行ってた。十八時半から二十二時まで……英語と生物の講座を受けてたの」
「外場くんは同じ講座を受けていないの?」
「うん。私と唯人は古文と数学だけ被ってたの」
そういうものか、と花彌子はひとりごちた。
「十七日に、外場くんと連絡は取り合った?」
「朝、おはようの連絡をして……昼にも少しメッセ送ったかな。見る?」
今度はスマホを取り出し、画面を花彌子に向ける。そこには、朝の挨拶と昼休みに昼食の写真を送り合うメッセージが、絵文字に彩られて浮かんでいた。
この日、彼とは何を話したっけ、と花彌子は思いをめぐらせる。確か授業の合間に、たわいもないことを話したはずだ。次の授業のこととか、宿題のこととか。
ひまりはスマホの画面を暗くする。待ち受け画面が一瞬だけ目に入った。イルミネーションをバックに自撮りする二人の写真だった。
花彌子は深く息を吸い、ひまりに向き直った。小刻みに震える指先をテーブルの下で握り込む。
「あの、外場くんって、クラスメイトの話をすることあった?」
「え?」
ひまりが目を丸くした。それからほんの刹那、憐れむような光が瞳の奥底によぎった。
「えっと……あんまり、話さなかったかな。玖条さんのことも、私は初めて知ったし」
「そっか。そうだよね」
花彌子はできる限り綺麗に笑って、紅茶を口元に運んだ。
ひまりが少し俯いて、密やかにささめく。
「お願い、唯人を殺した犯人を探し出して……」
花彌子は真面目な顔を作って、頷くことしかできなかった。