「秋華……は……」
春玲が、目に涙を浮かべて璃鈴を見つめる。
「その女性は、罪を背負って後宮を追放になり、いずこへか姿を消しました」
「皇后を毒殺しようとした秋華という侍女はもういない。あとはこの春玲に面倒をみてもらえ」
璃鈴の目にまた新たな涙が浮かんで、春玲の姿がぼやける。
「春玲……?」
「はい。なんでしょう、皇后様」
璃鈴は手をのばすと、春玲に思い切り抱きついた。
「これから……よろしくね、春玲」
「はい。皇后様」
「ずっとずっと、一緒にいてね」
「はい」
抱き合う二人を、龍宗は目を細めて見ていた。
☆
雨は、璃鈴が眠っている間も、強くなったり弱くなったりしながらずっと降り続いていた。
璃鈴の目が覚めてから、龍宗は常に璃鈴の側に付き添っていた。
「陛下、もう皇后様は大丈夫ですから、お仕事に戻ってください」
「ああ」
龍宗は春玲にそう言われて生返事をするが、長椅子に座る璃鈴の隣に寄り添って書類を読みながら、動こうとはしない。
「もう私はこの通りすっかり元通りですから」
片手で璃鈴の髪をもてあそんでいる龍宗に璃鈴が言うが、龍宗はまた、ああと適当な答えを返すだけで、いっかなそれをやめようとはしなかった。
その場で決済分の書類を調べていた飛燕が、くすくすと笑う。
「おかげで、陛下はご自分のお仕事を他の官吏に振り分けることを覚えました。その手腕に、官吏の中でも陛下の信頼度が上がってきております。陛下もよくお休みにもなられているようですし、むしろもうしばらくこちらで過ごしていただいてもよろしいくらいです」
執務室を空けるために、龍宗は自分が今まで抱え込んでいた仕事を各省に振り分けるようになった。そこで初めて龍宗のやっていた仕事が各官吏の知ることとなり、その内容の卓越さに龍宗を見直すものが続出していた。
「特に今は、議会はいろんな意味で紛糾しておりますから、どちらかといえば怒鳴り散らす陛下がいない方が官吏たちの精神衛生上、良い気が……」
「何か言ったか? 飛燕」
「いいえ。何も」
皇后暗殺に関わっていた礼部尚書がその罪で処刑されたこと、他にも幾人か朝廷内で彼に関わった者がいたことで、内部人事が大きく動いたのだ。
また、その娘であった周淑妃以下、後宮にいた妃たちは、璃鈴を除いてすべて身一つで後宮を追放された。
どうやら玉祥は父が皇后暗殺までもくろんでいたことを知らなかったようで、父が捕縛された報に本気で驚き、そして怒っていた。
後宮には、また璃鈴が一人だけ残されることとなった。
「どうぞ、飛燕様」
「ああ、ありがとうございます」
「!」
飛燕の前の卓にお茶をおいた春玲の手が、そこにあった書類をよけようとした飛燕の手に触れた。とたん、春玲があわてて手をひく。顔を赤くして目をそらした秋華に、飛燕は気づかれない程度に目を細めた。
璃鈴と龍宗は、そんな二人を見てお互いに含み笑いで目を合わせる。
飛燕に対する春玲の様子が変わったことに、璃鈴たちはすぐに気づいた。時折そうやって飛燕を意識しているような姿を幾度も目にするようになったのだ。そして、そんな春玲を愛し気に見つめる飛燕にも。
「えと、あの……長い雨ですね」
意識をそらすように、春玲が窓の外に視線を向けた。
「そうだな」
龍宗が相槌をうって、同じように外を見る。飛燕は、意味ありげな視線を龍宗に送る。
「龍宗様」
「わかっている」
男二人で分かり合う姿に、璃鈴と春玲はきょとんと目を丸くした。
☆
春玲が、目に涙を浮かべて璃鈴を見つめる。
「その女性は、罪を背負って後宮を追放になり、いずこへか姿を消しました」
「皇后を毒殺しようとした秋華という侍女はもういない。あとはこの春玲に面倒をみてもらえ」
璃鈴の目にまた新たな涙が浮かんで、春玲の姿がぼやける。
「春玲……?」
「はい。なんでしょう、皇后様」
璃鈴は手をのばすと、春玲に思い切り抱きついた。
「これから……よろしくね、春玲」
「はい。皇后様」
「ずっとずっと、一緒にいてね」
「はい」
抱き合う二人を、龍宗は目を細めて見ていた。
☆
雨は、璃鈴が眠っている間も、強くなったり弱くなったりしながらずっと降り続いていた。
璃鈴の目が覚めてから、龍宗は常に璃鈴の側に付き添っていた。
「陛下、もう皇后様は大丈夫ですから、お仕事に戻ってください」
「ああ」
龍宗は春玲にそう言われて生返事をするが、長椅子に座る璃鈴の隣に寄り添って書類を読みながら、動こうとはしない。
「もう私はこの通りすっかり元通りですから」
片手で璃鈴の髪をもてあそんでいる龍宗に璃鈴が言うが、龍宗はまた、ああと適当な答えを返すだけで、いっかなそれをやめようとはしなかった。
その場で決済分の書類を調べていた飛燕が、くすくすと笑う。
「おかげで、陛下はご自分のお仕事を他の官吏に振り分けることを覚えました。その手腕に、官吏の中でも陛下の信頼度が上がってきております。陛下もよくお休みにもなられているようですし、むしろもうしばらくこちらで過ごしていただいてもよろしいくらいです」
執務室を空けるために、龍宗は自分が今まで抱え込んでいた仕事を各省に振り分けるようになった。そこで初めて龍宗のやっていた仕事が各官吏の知ることとなり、その内容の卓越さに龍宗を見直すものが続出していた。
「特に今は、議会はいろんな意味で紛糾しておりますから、どちらかといえば怒鳴り散らす陛下がいない方が官吏たちの精神衛生上、良い気が……」
「何か言ったか? 飛燕」
「いいえ。何も」
皇后暗殺に関わっていた礼部尚書がその罪で処刑されたこと、他にも幾人か朝廷内で彼に関わった者がいたことで、内部人事が大きく動いたのだ。
また、その娘であった周淑妃以下、後宮にいた妃たちは、璃鈴を除いてすべて身一つで後宮を追放された。
どうやら玉祥は父が皇后暗殺までもくろんでいたことを知らなかったようで、父が捕縛された報に本気で驚き、そして怒っていた。
後宮には、また璃鈴が一人だけ残されることとなった。
「どうぞ、飛燕様」
「ああ、ありがとうございます」
「!」
飛燕の前の卓にお茶をおいた春玲の手が、そこにあった書類をよけようとした飛燕の手に触れた。とたん、春玲があわてて手をひく。顔を赤くして目をそらした秋華に、飛燕は気づかれない程度に目を細めた。
璃鈴と龍宗は、そんな二人を見てお互いに含み笑いで目を合わせる。
飛燕に対する春玲の様子が変わったことに、璃鈴たちはすぐに気づいた。時折そうやって飛燕を意識しているような姿を幾度も目にするようになったのだ。そして、そんな春玲を愛し気に見つめる飛燕にも。
「えと、あの……長い雨ですね」
意識をそらすように、春玲が窓の外に視線を向けた。
「そうだな」
龍宗が相槌をうって、同じように外を見る。飛燕は、意味ありげな視線を龍宗に送る。
「龍宗様」
「わかっている」
男二人で分かり合う姿に、璃鈴と春玲はきょとんと目を丸くした。
☆