きっぱりと言い切った璃鈴の言葉に、龍宗は、か、と目を見開く。

「お前は……!」

「私は!」

 龍宗の言葉を止めて、璃鈴は叫んだ。少しかすれてはいたが、その勢いに龍宗は目を瞬く。


「龍宗様に信じて欲しかったのです」

「何……?」

「私は、決して龍宗様を裏切るようなことはしません」

 龍宗は、おもいがけず厳しい表情になった璃鈴にのまれたように黙り込む。


「龍宗様に供するものは、どんなものをお出ししても、毒など、私は絶対にいれたりしません。それくらいなら、自分でその毒を飲み干します。だから……決して裏切ることなどないと、私を、信じてください」

 短くない沈黙が、二人の間に落ちる。


「気づいていたのか」

 龍宗の声は、重かった。

「はい」

 食事はもちろんのこと、璃鈴の入れた茶の一杯すらも、龍宗が一口とて飲んだことはなかった。そう気づいたのは、つい最近だ。


「ずっと、毒を心配していたのですね」

 龍宗は、居心地悪そうに目をそらした。

「お前を疑っていたわけではない。もうくせのようなものだ。幼い頃にここで毒を盛られそうになってから……そして母がその毒の後遺症で亡くなってから、自室以外の後宮では、食事をすることも眠ることもできなかった」

「眠る、ことも?」

 初耳だった璃鈴は、目を丸くする。

「ああ。お前がくるまで、ここは俺にとって安心できる場所ではなかったのだ」

 だから、結婚した当初は、璃鈴が隣にいても眠ることはできなかった。璃鈴だけではなく、この後宮にいるすべての者を、龍宗は信じられなかったのだ。


「今は、ちゃんと眠れる。……眠れて、いるんだ」

 龍宗は、ふ、と表情を和らげた。

「信じよう。これからは、何があっても、お前を。だから、もうこんな肝を冷やすような真似はしてくれるな」

「はい」

 璃鈴も、ようやく笑みを浮かべた。


「龍宗様のために、とびきり美味しいお茶を入れます。だから今度は、私と一緒に飲んでくださいましね」

「ああ……」

 龍宗が璃鈴の頬に触れて、その上にかがみこむ。二人の唇が重なる瞬間、派手な音が響いた。


「……」

「……」

 龍宗がゆっくり起き上ると、璃鈴が真っ赤な顔をしていた。

「腹が減ったのだな」

 笑いだしそうになるのを我慢しながら、龍宗が聞いた。

「それもそうだろう。お前は、三日も眠っていたんだ」

「三日?!」

 とりあえず枕元に水があったので、璃鈴は龍宗に起こしてもらってそれを飲む。体を動かすとあちこちが痛んで、璃鈴は三日眠っていたという龍宗の言葉を実感した。


 璃鈴が眠っていたのは、後宮内の自分の部屋だった。あたりを見回して、ふと璃鈴は違和感を持つ。見慣れた部屋なのに、いつもと何かが違う。少し考えてその違和感の正体に気づいた璃鈴から、血の気が引いた。

「龍宗様、秋華は?」

 ちょっと用があって出ているだけかもしれない。けれど、璃鈴が倒れる前から姿が見えなかった秋華が今もここにいないことは、璃鈴に言われのない不安をもたらした。


 その名を聞いて、龍宗が表情を歪める。

 その様子が、さらに璃鈴の不安を駆り立てる。

「秋華は、どこにいるのですか? 無事ですか?」

「無事……だ」

 歯切れの悪い言い方に、璃鈴の不安が増す。

「なぜ、ここに秋華がいないのですか?」

「あの娘は、後宮を追放となった」

 ざ、と璃鈴の血の気が引く。