「わかっております。陛下をお守りするため、と、皇帝の仕事について学ぶため、ですね」
淡々と答えた飛燕に、余揮は複雑な表情になる。
「私が指示したこととはいえ、あれの側についていて、まともに皇帝の仕事を学べるかは疑問だがな」
「私ならもうちょっと要領よくやりますよ」
「だろうな。お前の方がどちらかといえば、龍元に近い質を持っている。陛下が龍元を超えるには、まだまだ遠いだろう。それでも」
余揮は、どこか遠くを見る目つきになった。その視線の先には、今は亡き余揮の親友がいることを飛燕は知っている。
「最近は、いくらかましにはなってきたようだがな」
「それは、ぜひ陛下に言って差し上げてください。きっと喜びますよ」
飛燕の言葉に、余揮はただ渋面を返しただけだった。気にせずに、飛燕は続ける。
「陛下があのように変わられたのは、皇后様のおかげでしょうね」
「最初あの娘を見た時はどうなることかと思ったが」
余揮は、ふ、と秋華に視線をうつす。かすかにそのまつげが動いたような気がした。
「案外に、陛下と相性がよかったようだ」
「陛下が皇后様とお心を合わせることができたのも、皇后様の人となりゆえなのでしょう。私ではきっと無理だった。そうでしょう? 秋華殿」
飛燕は、抱いていた秋華に声をかける。すると、秋華のまぶたが震えて、ゆっくりと目をあけた。その様子に笑んで、飛燕は言った。
「私たちの声がうるさかったようですね。申し訳ありません」
「いえ……気づいておられたのですか?」
飛燕は、笑みを浮かべたまま何も言わない。
飛燕と余揮が話している最中に意識が戻った秋華は、聞くともなしに二人の話を耳にしてしまった。その内容がなんとなく聞いてはいけないもののような気がして、起きるに起きられず気を失ったふりを続けていたのだ。
「申し訳ありません。それに、あの、私、自分で歩けますので……」
秋華は言外に降ろしてほしいと告げる。だが飛燕は、秋華を腕に抱いたまま離そうとしない。
「このまま医務室までお連れします。あなたには、休息が必要だ。これからのためにも」
その言葉の意味を瞬時に察して、秋華は息を飲む。そして戸惑ったように、飛燕と余揮の顔を見比べた。
「飛燕様は、一体どういう立場のお方なのですか?」
飛燕は、いつもの笑みを浮かべて言った。
「お聞きになりましたね。私は、陛下の実の弟です」
龍宗が生まれて四年後、飛燕が生まれた。飛燕が生後半年の時に、妃たちによる毒殺事件が起こる。二人は皇后の機転であやういところで助かったが、危険を感じた皇帝の判断で、飛燕だけはその場で死んだことにしてこっそりと後宮を出された。そして余揮の養子として育てられ、長じては皇帝の側近として龍宗の側で過ごしてきたのだ。
龍宗に子のない今、飛燕は、人知れずとも輝加国のれっきとした皇太子だった。
「そうだったのですか」
「陛下と来家の一部以外は、誰も知らない話です。ですから、ここだけの話にしておいてください」
「はい」
「秋華殿」
余揮が硬い声を出した。
「あなたは、周尚書とつながっていましたな」
秋華は顔をこわばらせる。
「詳しくお話をきかせてもらいましょう」
そう言った余輝を、秋華は見つめた。
自分たちが助けられ周尚書の話がでているということは、おそらく、すべては明るみに出たのだ。無意識のうちに、秋華は大きく息を吐く。
ちょうど、地下牢からの階段をあがりきったところで三人は外に出た。外はまだ雨が降っている。その空を一度見上げると、秋華は飛燕の腕から地に足を下ろした。今度は飛燕も止めなかった。
秋華は、余輝の顔を見あげる。心の重荷が降りたことで、秋華は自分でも意外なことに、はんなりと笑むことができた。
「はい。お話しします。すべて」
淡々と答えた飛燕に、余揮は複雑な表情になる。
「私が指示したこととはいえ、あれの側についていて、まともに皇帝の仕事を学べるかは疑問だがな」
「私ならもうちょっと要領よくやりますよ」
「だろうな。お前の方がどちらかといえば、龍元に近い質を持っている。陛下が龍元を超えるには、まだまだ遠いだろう。それでも」
余揮は、どこか遠くを見る目つきになった。その視線の先には、今は亡き余揮の親友がいることを飛燕は知っている。
「最近は、いくらかましにはなってきたようだがな」
「それは、ぜひ陛下に言って差し上げてください。きっと喜びますよ」
飛燕の言葉に、余揮はただ渋面を返しただけだった。気にせずに、飛燕は続ける。
「陛下があのように変わられたのは、皇后様のおかげでしょうね」
「最初あの娘を見た時はどうなることかと思ったが」
余揮は、ふ、と秋華に視線をうつす。かすかにそのまつげが動いたような気がした。
「案外に、陛下と相性がよかったようだ」
「陛下が皇后様とお心を合わせることができたのも、皇后様の人となりゆえなのでしょう。私ではきっと無理だった。そうでしょう? 秋華殿」
飛燕は、抱いていた秋華に声をかける。すると、秋華のまぶたが震えて、ゆっくりと目をあけた。その様子に笑んで、飛燕は言った。
「私たちの声がうるさかったようですね。申し訳ありません」
「いえ……気づいておられたのですか?」
飛燕は、笑みを浮かべたまま何も言わない。
飛燕と余揮が話している最中に意識が戻った秋華は、聞くともなしに二人の話を耳にしてしまった。その内容がなんとなく聞いてはいけないもののような気がして、起きるに起きられず気を失ったふりを続けていたのだ。
「申し訳ありません。それに、あの、私、自分で歩けますので……」
秋華は言外に降ろしてほしいと告げる。だが飛燕は、秋華を腕に抱いたまま離そうとしない。
「このまま医務室までお連れします。あなたには、休息が必要だ。これからのためにも」
その言葉の意味を瞬時に察して、秋華は息を飲む。そして戸惑ったように、飛燕と余揮の顔を見比べた。
「飛燕様は、一体どういう立場のお方なのですか?」
飛燕は、いつもの笑みを浮かべて言った。
「お聞きになりましたね。私は、陛下の実の弟です」
龍宗が生まれて四年後、飛燕が生まれた。飛燕が生後半年の時に、妃たちによる毒殺事件が起こる。二人は皇后の機転であやういところで助かったが、危険を感じた皇帝の判断で、飛燕だけはその場で死んだことにしてこっそりと後宮を出された。そして余揮の養子として育てられ、長じては皇帝の側近として龍宗の側で過ごしてきたのだ。
龍宗に子のない今、飛燕は、人知れずとも輝加国のれっきとした皇太子だった。
「そうだったのですか」
「陛下と来家の一部以外は、誰も知らない話です。ですから、ここだけの話にしておいてください」
「はい」
「秋華殿」
余揮が硬い声を出した。
「あなたは、周尚書とつながっていましたな」
秋華は顔をこわばらせる。
「詳しくお話をきかせてもらいましょう」
そう言った余輝を、秋華は見つめた。
自分たちが助けられ周尚書の話がでているということは、おそらく、すべては明るみに出たのだ。無意識のうちに、秋華は大きく息を吐く。
ちょうど、地下牢からの階段をあがりきったところで三人は外に出た。外はまだ雨が降っている。その空を一度見上げると、秋華は飛燕の腕から地に足を下ろした。今度は飛燕も止めなかった。
秋華は、余輝の顔を見あげる。心の重荷が降りたことで、秋華は自分でも意外なことに、はんなりと笑むことができた。
「はい。お話しします。すべて」