「ここは、古い地下牢です」
同じようにあたりを見回しながら飛燕が言った。
「地下牢?」
「はい。数年前に新しい地下牢が完成しましたので、今はもう使っていませんが」
牢と聞いて秋華は、その不気味さのためかそれとも実際に寒かったからか、ふるりと体を震わせた。窓もなく、通路に等間隔に置いてある灯が心もとなく揺れている。雨が続いているせいで、じめじめと湿っぽくひんやりとしていた。
「私が連れられてきたときには、すでにあなたはここに横になっておられました。ここに来る前になにがあったのか、覚えておられますか?」
飛燕が心配そうに問う。混乱する頭で、秋華は一生懸命今までのことを思い出そうとした。
「ええと……確か、冬梅様に呼ばれていると言われて璃鈴様の部屋を出て、それで……あ」
後宮の廊下を急いでいる時に、ふいに後ろから誰かに掴まれて顔を覆われた。驚いて暴れる暇もなく、何か甘い匂いがして、それからの記憶がない。
「薬を使われたのですね」
秋華の話を、飛燕は難しい顔をして聞いていた。そして、失礼、と断ってから秋華の額に手をあてる。
「熱はないですね。けがもないようですし、その頭痛はおそらく薬を使ったせいだと思います。気持ち悪くはないですか?」
「その、さっきからなんだか視界がぐらぐらと揺れているような気がして……気持ち悪い……」
「遠慮せずに私に寄りかかってください」
そう言って飛燕は秋華の隣に座り、着ていた上着を脱ぐと秋華にかけてくれた。
「ありがとうございます。でも、これでは飛燕様が……」
「私は大丈夫です。これでも鍛えてますのでね。ここは冷えますから、どうぞかけていてください」
わずかに笑んだ飛燕に、秋華は少しだけ安堵の笑みを浮かべる。飛燕が一緒にいることで、異常な状況にあることの心細さは半減した。
まだめまいの続いていた秋華は遠慮がちに飛燕に肩を借りると、ぼんやりと上を見上げる。秋華ですら手が届きそうなほど、その天井は低い。飛燕なら立つこともできないだろう。
「なぜ私たちは、こんなところにいるのでしょう?」
飛燕が、表情を引き締めた。
「皇帝暗殺未遂の罪だそうです」
「ええ?! なぜです?!」
驚く秋華に余計な混乱をさせまいと、飛燕はことさら落ち着いて言った。
「周尚書がいらっしゃって、私が功儀国と通じていると。おそらくあなたも、同じ罪を着せられたのでしょう」
その名前を聞いて、さ、と秋華の顔が青ざめた。薄闇の中ではあったが、それを飛燕は見逃さない。
「何か、心当たりがあるのですね?」
わずかにうつむいて、秋華は自分の手を握りしめた。秋華の葛藤を感じて、飛燕は穏やかに続きを促す。
「よければ、話してください。このままでは、私たちはおそらく死罪になってしまいます」
は、と顔をあげた秋華は、覚悟を決めるように一度唇を引き締めると、絞り出すような声で言った。
「周尚書は……私に、皇后様のお食事に、毒を混ぜろと……」
「なんですって?!」
「でも!」
つい叫んでしまった飛燕を、秋華は涙をためた目で見返す。
「私は確かに毒を受け取りましたが、皇后様のお口に入れるようなことは一切しておりません!」
「ああ、いえ。あなたがそのようなことをするとは思っておりません」
悲痛な声で言った秋華に、飛燕は、なだめるように続けた。
「かいがいしく皇后様のお世話をしているあなたは、心からあの方を大切に思っているのだと見ていてもわかりました。皇后様も、まるで本当の姉のようにあなたを慕っておられた。あなた方の間にある信頼を、私は疑ってはおりません」
「飛燕様……」
くしゃり、と秋華の顔が歪む。
同じようにあたりを見回しながら飛燕が言った。
「地下牢?」
「はい。数年前に新しい地下牢が完成しましたので、今はもう使っていませんが」
牢と聞いて秋華は、その不気味さのためかそれとも実際に寒かったからか、ふるりと体を震わせた。窓もなく、通路に等間隔に置いてある灯が心もとなく揺れている。雨が続いているせいで、じめじめと湿っぽくひんやりとしていた。
「私が連れられてきたときには、すでにあなたはここに横になっておられました。ここに来る前になにがあったのか、覚えておられますか?」
飛燕が心配そうに問う。混乱する頭で、秋華は一生懸命今までのことを思い出そうとした。
「ええと……確か、冬梅様に呼ばれていると言われて璃鈴様の部屋を出て、それで……あ」
後宮の廊下を急いでいる時に、ふいに後ろから誰かに掴まれて顔を覆われた。驚いて暴れる暇もなく、何か甘い匂いがして、それからの記憶がない。
「薬を使われたのですね」
秋華の話を、飛燕は難しい顔をして聞いていた。そして、失礼、と断ってから秋華の額に手をあてる。
「熱はないですね。けがもないようですし、その頭痛はおそらく薬を使ったせいだと思います。気持ち悪くはないですか?」
「その、さっきからなんだか視界がぐらぐらと揺れているような気がして……気持ち悪い……」
「遠慮せずに私に寄りかかってください」
そう言って飛燕は秋華の隣に座り、着ていた上着を脱ぐと秋華にかけてくれた。
「ありがとうございます。でも、これでは飛燕様が……」
「私は大丈夫です。これでも鍛えてますのでね。ここは冷えますから、どうぞかけていてください」
わずかに笑んだ飛燕に、秋華は少しだけ安堵の笑みを浮かべる。飛燕が一緒にいることで、異常な状況にあることの心細さは半減した。
まだめまいの続いていた秋華は遠慮がちに飛燕に肩を借りると、ぼんやりと上を見上げる。秋華ですら手が届きそうなほど、その天井は低い。飛燕なら立つこともできないだろう。
「なぜ私たちは、こんなところにいるのでしょう?」
飛燕が、表情を引き締めた。
「皇帝暗殺未遂の罪だそうです」
「ええ?! なぜです?!」
驚く秋華に余計な混乱をさせまいと、飛燕はことさら落ち着いて言った。
「周尚書がいらっしゃって、私が功儀国と通じていると。おそらくあなたも、同じ罪を着せられたのでしょう」
その名前を聞いて、さ、と秋華の顔が青ざめた。薄闇の中ではあったが、それを飛燕は見逃さない。
「何か、心当たりがあるのですね?」
わずかにうつむいて、秋華は自分の手を握りしめた。秋華の葛藤を感じて、飛燕は穏やかに続きを促す。
「よければ、話してください。このままでは、私たちはおそらく死罪になってしまいます」
は、と顔をあげた秋華は、覚悟を決めるように一度唇を引き締めると、絞り出すような声で言った。
「周尚書は……私に、皇后様のお食事に、毒を混ぜろと……」
「なんですって?!」
「でも!」
つい叫んでしまった飛燕を、秋華は涙をためた目で見返す。
「私は確かに毒を受け取りましたが、皇后様のお口に入れるようなことは一切しておりません!」
「ああ、いえ。あなたがそのようなことをするとは思っておりません」
悲痛な声で言った秋華に、飛燕は、なだめるように続けた。
「かいがいしく皇后様のお世話をしているあなたは、心からあの方を大切に思っているのだと見ていてもわかりました。皇后様も、まるで本当の姉のようにあなたを慕っておられた。あなた方の間にある信頼を、私は疑ってはおりません」
「飛燕様……」
くしゃり、と秋華の顔が歪む。