「頼もしいな。その時は、私がまとめる貴族一派すべて、お前に付き従おう」
「ありがとうございます。周尚書」
秋華が部屋を出て行くと、二人は顔を見合わせた。
「ああは言ってますが、本当に大丈夫なのでしょうか、あの娘」
周尚書は、腕を組んで考え込む。
「皇后よりは与しやすかろうと思ってこちらに引き込んだが、やはり皇后に情を残しているのかもしれん」
伝雲は、思い切り眉をしかめた。
「だからあんな得体の知れないところからきた娘たちなど、皇后にするべきではないと陛下に何度も申し上げたのです。神族の巫女などと崇め奉ったところで、しょせん昔話。やはり皇后にはそれ相応の地位にあるものがふさわしいでしょう」
「当然だ。しかし、後宮を掌握するためには、どうしても皇后は懐柔する必要がある。秋華には、新しい皇后となって欲しいところだが……」
「玉祥様の方のご様子はいかがです?」
「いまだ陛下は誰の元にも通っていないようだ」
苦々しく周尚書が言った。
娘たちを後宮に入れたはいいものの、待てど暮らせど龍宗は誰のもとにも通わない。姿さえ見せれば皇帝の興味をひけるかと、顔をあわせるように画策もした。だが、それからも龍宗は一向に誰の元にも訪れない。
いや。足しげく後宮に通うのは、皇后のもとのみだった。
最近の周尚書は、矜持を折られたと憤慨する玉祥の八つ当たりの的になっている。
「あまり時間をかけて、皇后に子でもできたら面倒だ」
「では」
伝雲が思わせぶりに言うと、周尚書はうなずいた。
「次の手を打つとしよう。あの娘には、皇后もろとも死んでもらう」
-----------
「秋華?!」
急に名前を呼ばれて、は、と気づいた秋華は、あわててその包みを胸のあわせに戻して振り向く。
「璃鈴様」
渡り廊下の端から、璃鈴が驚いたようにこちらを見ていた。
「なにしているの? 濡れるじゃない!」
言われて気付いたが、いつのまにか雨が降り始めていた。
秋華に駆け寄ってきた璃鈴は秋華を引っ張って屋根の下に駆け込むと、袂から手巾を取り出して秋華の濡れた体を拭く。
「ああもうこんなに濡れて。なんであんなところに立ってたのよ」
宮城から戻るところだった秋華は、璃鈴の顔を見る気になれずに、なんとなくふらふらと庭を歩き出してしまった。ぼんやりと池を見ている秋華に璃鈴が気づいて、急いで呼びにきたのだ。
「何かあったの?」
心配そうに璃鈴が聞くと、秋華はにこりと笑う。
「いえ。少し考え事をしていました」
「そう? 心配なことでも、あるの?」
「ありませんよ。それよりすみません。璃鈴様まで濡れてしまいましたね」
「これくらい平気よ……あら?」
秋華の衣を拭いていた璃鈴は、胸のあたりで硬い感触に触れる。は、と秋華は体をひいた。
「何か……」
「私、濡れた衣を着替えてきます。璃鈴様は、お部屋に戻っていてくださいね」
早口で言って踵を返すと、秋華は急ぎ足で後宮へと戻った。
(気づかれたかしら……)
秋華は、胸元にいつも入れている短剣を、衣の上からぎゅ、と押さえる。
「秋華……?」
その背を、璃鈴は戸惑いながら見ていた。
☆
「ありがとうございます。周尚書」
秋華が部屋を出て行くと、二人は顔を見合わせた。
「ああは言ってますが、本当に大丈夫なのでしょうか、あの娘」
周尚書は、腕を組んで考え込む。
「皇后よりは与しやすかろうと思ってこちらに引き込んだが、やはり皇后に情を残しているのかもしれん」
伝雲は、思い切り眉をしかめた。
「だからあんな得体の知れないところからきた娘たちなど、皇后にするべきではないと陛下に何度も申し上げたのです。神族の巫女などと崇め奉ったところで、しょせん昔話。やはり皇后にはそれ相応の地位にあるものがふさわしいでしょう」
「当然だ。しかし、後宮を掌握するためには、どうしても皇后は懐柔する必要がある。秋華には、新しい皇后となって欲しいところだが……」
「玉祥様の方のご様子はいかがです?」
「いまだ陛下は誰の元にも通っていないようだ」
苦々しく周尚書が言った。
娘たちを後宮に入れたはいいものの、待てど暮らせど龍宗は誰のもとにも通わない。姿さえ見せれば皇帝の興味をひけるかと、顔をあわせるように画策もした。だが、それからも龍宗は一向に誰の元にも訪れない。
いや。足しげく後宮に通うのは、皇后のもとのみだった。
最近の周尚書は、矜持を折られたと憤慨する玉祥の八つ当たりの的になっている。
「あまり時間をかけて、皇后に子でもできたら面倒だ」
「では」
伝雲が思わせぶりに言うと、周尚書はうなずいた。
「次の手を打つとしよう。あの娘には、皇后もろとも死んでもらう」
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「秋華?!」
急に名前を呼ばれて、は、と気づいた秋華は、あわててその包みを胸のあわせに戻して振り向く。
「璃鈴様」
渡り廊下の端から、璃鈴が驚いたようにこちらを見ていた。
「なにしているの? 濡れるじゃない!」
言われて気付いたが、いつのまにか雨が降り始めていた。
秋華に駆け寄ってきた璃鈴は秋華を引っ張って屋根の下に駆け込むと、袂から手巾を取り出して秋華の濡れた体を拭く。
「ああもうこんなに濡れて。なんであんなところに立ってたのよ」
宮城から戻るところだった秋華は、璃鈴の顔を見る気になれずに、なんとなくふらふらと庭を歩き出してしまった。ぼんやりと池を見ている秋華に璃鈴が気づいて、急いで呼びにきたのだ。
「何かあったの?」
心配そうに璃鈴が聞くと、秋華はにこりと笑う。
「いえ。少し考え事をしていました」
「そう? 心配なことでも、あるの?」
「ありませんよ。それよりすみません。璃鈴様まで濡れてしまいましたね」
「これくらい平気よ……あら?」
秋華の衣を拭いていた璃鈴は、胸のあたりで硬い感触に触れる。は、と秋華は体をひいた。
「何か……」
「私、濡れた衣を着替えてきます。璃鈴様は、お部屋に戻っていてくださいね」
早口で言って踵を返すと、秋華は急ぎ足で後宮へと戻った。
(気づかれたかしら……)
秋華は、胸元にいつも入れている短剣を、衣の上からぎゅ、と押さえる。
「秋華……?」
その背を、璃鈴は戸惑いながら見ていた。
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