黙り込んだ璃鈴をいぶかしく思いながら、龍宗は慣れた仕草で背もたれによりかかるとようやく落ち着いたように長く息を吐いた。

「仕事が終わらなくてな……執務室を出たのも久しぶりだ」

「え……お仕事、ですか?」

 では、龍宗はここへ来ない間、他の妃のところへ通っていたわけではないのか。璃鈴はなんとなく安堵すると、無意識のうちに表情を緩める。

 そんな璃鈴の様子を目の端に入れて、龍宗は飛燕の言葉が正しかったことを知った。

(やはり気にしていたのか。無理をしても今日こちらに来てよかった)

「仕事ではなく、何だと思っていたのだ?」

 気持ちに余裕ができた龍宗は、からかうような言葉を口にした。複雑な心境を見透かされて、璃鈴は、か、と頬を染める。

「別に……龍宗様がお忙しいことなど、とうに知っておりましたから」

 むっとしながら、ふい、と顔を逸らした璃鈴を見て、龍宗に軽い嗜虐心が湧いた。めったに見られない璃鈴の拗ねる顔が、たまらなくかわいらしいと思ってしまったのだ。誤解を解かねばと思う一方で、その顔をもう少し見ていたいという意地の悪い欲求が彼を支配した。

「ほう。では俺が来なくても寂しくないのか」

「龍宗様など、いない時の方が多いではありませんか。わたくしは平気です」

「では、明日は別の妃のもとへ通うとしよう」

 それを聞いたとたん、璃鈴の胸に刺すような痛みが走った。

 龍宗が別の妃のもとへ行く。その妃に微笑みかけ、璃鈴と同じように同衾するのだろう。

 その想像は、驚くほどに璃鈴の胸に痛みを与えた。

「か……かまいません」

 震える声は、涙を呼んだ。潤み始めた瞳を見られないように、璃鈴はさらに龍宗から顔を背ける。そ、と袖で涙を拭こうとした璃鈴は、そこに黒い染みがついてしまったことに気づいた。

(そうだ! 今は、化粧を……)

『化粧をしている間は、泣いてはいけません』

 秋華の言葉が頭に響く。

(きっと今、私の顔って大変な事になっている!)

 背を向けた璃鈴を見て、さすがにやりすぎたことに気づいた龍宗は体を起こした。

「璃鈴……」

「来ないでください!」

 動揺した璃鈴は、とっさに心にもない言葉を龍宗に投げつけてしまう。龍宗は、眉をひそめながら言った。

「聞け、璃鈴」

「嫌です! あっちへ行って!」

「な……!」

 璃鈴の態度で、龍宗の頭にも瞬時に血がのぼってしまう。

「聞けと言ってる! 妃たちのことなら、あれは官吏が勝手にやったことで俺は知らなかったんだ!」

 化粧の事に加えて他の妃たちのことまで持ち出された璃鈴は、さらに激しく動揺して完全に冷静さを失ってしまった。

「そ、そんな言い訳しなくたっていいです。ここは龍宗様の後宮なんですから、お好きな妃のところへ行けばいいじゃないですか! それで、私のところに来なくたって……別に……!」

 心に浮かんでいた不安を投げつければ、もう言葉が止まらなくなる。と同時に、我慢していた涙が一気にあふれてきた。

(もうダメ……!)

「だから俺は……!」

「知らない! 龍宗様なんて、大っ嫌い!」

 そう言って璃鈴は、その場に座り込んで大声で泣き始めた。売り言葉に買い言葉で冷静さを失ってしまった龍宗も、派手な音を立てて卓に手をつくと立ち上がった。

「ああ大嫌いで結構! だったら二度と来るもんか!」

 そう言い残して、足音も荒く龍宗は部屋を出て行った。