「ここにたくさんの妃が集まれば、里にいた時のようにまたみんなで楽しく日々を過ごせるかと思っていたの」

 妃のいない後宮は、閑散として寂しかった。女官たちはたくさんいたが、皇后とは立場が違うので、対等に話をすることはできない。だから璃鈴は単純に、ここに妃がいれば、またあの日々が過ごせると思っていたのだ。

 少し寂しそうな璃鈴を見て、秋華は複雑な気分になる。


「璃鈴様。ここは後宮です」

「そうね」

「皇后様の巫女としての職務はともかく、後宮にいらっしゃる妃にとっての一番大切な役割はご存知ですよね?」

「もちろんよ。皇帝の御子を産んで、次代の皇帝を……」

 言いかけて、ふ、と璃々は気づいた。

(そうだ。後宮の妃の役割は……)


「後宮の妃たちは、すべて皇帝陛下のものでございます。これからは皇帝陛下も、璃鈴様だけではなくあの方たちの元へもお通いになることでしょう。今はまだあのお方たち三人だけでございますが、今後さらに大勢の妃がこの後宮にいらせられることになります。ですが、その方たちと璃鈴様が里のみんなのように屈託なく仲良くなれることは……ほぼ、ないと思ってください」

 誰が皇帝の子……皇太子を産むか。後宮では、それが一番の関心事だ。それぞれの妃嬪が寵を競い合うのは、ここではそれがすべてだからに他ならない。


 里とは違うのだ。


 愕然としてしまった璃鈴を見て、秋華は璃鈴の淡い夢を打ち砕いてしまったことを少しだけ悔いたが、それでもこれは璃鈴が正しく理解しなければいけないことだ。先ほどの妃たちの態度から、おそらく璃鈴も感じることができただろう。わかっていても口にしなければいけないことに、秋華は胸を痛めた。

 さすがの璃鈴も、この状況で彼女たちとこれから仲良くなれると思うほどのんきではない。妃たちの態度に気落ちしたのも確かだが、璃鈴はそれとはまた別の事に思い至って、衝撃を受けていた。


(龍宗様は、あの方たちとも、私と同じように笑い合うの……?)

 それは当然の事だと璃鈴も頭ではわかっている。なのに、なぜ胸が痛むのか。璃鈴には、その理由がまだわからなかった。

(龍宗様に会いたい)

 だが、璃鈴が次に龍宗に会えるのは、まだしばらく後のことになった。


  ☆


「遅い!」

 書類を持ってきた官吏を、龍宗が怒鳴りつけた。

「昼までには終わらせろと言ったはずだ!」

「も、申し訳ありません。統計範囲が思ったより広く、人手も足りずに……」

「言い訳はいい。さっさとそれをよこして、次の仕事にかかれ」

「はいっ!」

 若い官吏は早々に書類をそこにいた飛燕に渡すと、逃げるように龍宗の執務室を飛び出していった。それを見て、飛燕はため息をつく。


「あまり怒らないでやってください。戸部では今、来年の予算組みでただでさえ忙しいんですから」

「だからと言って仕事をおろそかにする理由にはならない。刻限を守れないような官吏しかいないなら、人員配置を即刻見直せと、吏部に伝えておけ」

 話している間も、龍宗の手元は休まずに動いている。

「少し休んだらいかがですか。今朝から、どなり通しじゃないですか」

 執務室には龍宗と飛燕の二人しかいない。龍宗が苛立っているのを察して、誰も近づいてこないのだ。