「璃鈴様、陛下が廊下で……」

「え、ええ、もういいわ。入っていただいて」

 璃鈴がぎこちなく言うと、秋華は持っていた茶を璃鈴の前に置く。そうして璃鈴が体を拭いた衣を片付けると、廊下で待っていた龍宗に扉を開けた。


「すまなかった」

「いえ、私こそお見苦しい姿をお見せいたしまして申し訳ありません」

「見苦しいなどと……美しかった」

「え?」

「ん」

 つい、口にしてしまったらしい龍宗が、気まずそうに視線をそらす。璃鈴も火照った顔で、うつむいた。


 二人の様子にいたたまれなくなった秋華は、急いで龍宗に茶を入れると早々に部屋を出ていった。

 沈黙が落ちる。

「よくやったな」 

 龍宗が、本来の目的を思い出して言った。


「……?」

「これで大地も潤うだろう」

 龍宗の視線が窓の外に向かっているのを見て、璃鈴も気づいた。

 外では、激しい音をたてていまだ雨が降り続いていた。


「夕べ、陛下にご指導をいただいたおかげです」

 その言葉に何かを言いかけた龍宗だが、考え直したように口を閉じてしまった。

 また、沈黙が二人の間に落ちる。口を開いたのは、またも龍宗だった。


「今日は、少し時間が取れた。午後は、お前につきあおう」

「よろしいのですか?」

「ああ。飛燕にも、ゆっくりしてこいと言われた。なにかしたいことはあるか?」

 璃鈴は少し考えてから、ぱ、と顔を輝かせた。

「なんでも、よろしいのですか?」

「かまわんぞ」

「では、もう一度一緒に舞っていただけますか?」

 龍宗は目を見開いた。


「だめでしょうか?」

 即答しない龍宗を見て、璃鈴はうなだれる。上目遣いになったその表情は、意図せずに龍宗の気分を高揚させた。

 が、龍宗はそれにいささかの抵抗を感じていたので、わずかに眉を寄せる。


「だめではないが……できればあれは、今はあまりやりたくない」

「なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 母親の舞を見ていたから、という秋華の言葉には璃鈴は懐疑的だ。あれは、見ているだけで覚えた、という度合いのものではない。


「そうだな」

 龍宗は、璃鈴に手を伸ばす。

「もう少しお前が、俺に慣れたら話してやってもいい」

「慣れたら?」

「ああ。来い」


 口の端をあげて笑んだ龍宗に、璃鈴は緊張して立ち上がるとその手を取った。そ、と璃鈴を引いた龍宗は、くるりとその体を反転させると自分の膝の上に座らせる。

 予想外の行動に、璃鈴は動揺してその膝から降りようとするが、龍宗はがっちりと後ろから抱きしめて離さない。


「あの! これでは龍宗様が重いのでは……」

「なんの。まるで羽を乗せているみたいだぞ」

 璃鈴は、自分の体に巻きつく硬い腕に、どきどきと胸の鼓動が激しくなるのを感じた。

「こ、こんなことが、舞に必要なのですか?」

「そうだ」

 言いながら、龍宗は璃鈴の白いうなじに唇をつけた。びくり、と璃鈴は体をこわばらせる。


「何を、なさっているのですか?」

「今日は、ずっとこうして添っていよう」

 璃鈴の問いには答えずに、龍宗が言った。璃鈴は、息苦しくなってくらくらとめまいすら感じる。

「龍宗様……」

「なんだ」

「苦しいです……」

「そんなに力は込めていないが」

「いえ、その……うまく息ができなくて、胸が……苦しくて……」

 言われて璃鈴の顔を覗き込んだ龍宗は、真っ赤な顔になったその顔を見て意地悪く笑みを浮かべた。


「これで楽に息ができるほどに慣れたら、いつか教えてやろう」

「そんな日は、来ないと思います」

「なに、一日こうしていたらきっとすぐに平気になるだろう」

「なりません!」

 悲鳴のような声をあげた紅華に、龍宗は声を上げて笑った。


  ☆