「あ……すまん。更衣中だったとは」

「いえ……す、すみません!」

 あわてて璃鈴は手にした衣で体を隠す。その場に硬直してしまった龍宗も、一瞬の後に我に返ると急いで扉を閉めた。


 扉を閉めても、今見た光景は龍宗の頭から離れなかった。

 一糸まとわぬ白い素肌にはりついた濡れた黒髪。丸みを帯びた腰つき。衣の上からではわからなかった胸のふくらみの大きさ。その先を彩る淡い小さな円環。

 初めて見たその美しさに、龍宗の動悸はかつてないほどに激しくその胸で打ち続けている。


「まあ、陛下」

 お茶を手に戻ってきた秋華は、扉の前にたたずむ龍宗を見つけた。

「どうぞ、中へ」

「いや……その、今は、いい」

 歯切れ悪く言った龍宗に、秋華は璃鈴がまだ着替えが終わっていないことを悟った。珍しく動揺する龍宗の様に、秋華は顔をほころばせる。


「なんだ」

 その様子に気づいた龍宗が、軽く秋華をねめつける。

「いえ、その……失礼しました」

 笑いを含むその口調に軽く咳払いすると、龍宗はぶっきらぼうに言った。

「閨のことは何も知らなくても、羞恥がないわけではないのだな」

 ふてくされたような物言いに、秋華は苦笑する。


「ご不快な思いをなされたでしょうか。何分、璃鈴様はなんの皇后教育もなされないままにこちらにいらしたものですから……」

「そうなのか?」

 驚いたように龍宗は秋華を見る。

「はい。巫女は十六になって皇后の資格を得ると同時に、皇后としての教育を始めるのです。夫婦としての生活もその時に。璃鈴様は十六になられたその日にこちらにまいりましたので、閨のことについては何もご存じないのです」

「なるほど。そうだったのか」

 納得したようなその顔に、秋華は龍宗もまた、璃鈴の態度に戸惑いを感じていたのだと知った。


「ご迷惑をおかけいたしましたようで、申し訳ありません。早速、璃鈴様には教育の続きを……」

「必要ない」

 鋭い語気に、秋華は言葉を止めて龍宗をみつめる。だが咄嗟に否定してしまった自分の言葉に、龍宗自身も驚いているようだった。

「そうでございますか?」

「あ、いや……」

 あどけない璃鈴の無垢な部分がなくなることを残念だと、龍宗は身勝手にも思ってしまったのだ。けれどすぐに、そんな自分を恥じる。 


 皇后には皇后としての大切な役割がある。それには、夫婦の契りは避けて通れない。知ることで璃鈴の恐怖がやわらぐのなら、それはとても大事なことだ。

「少しは、知っていた方がいいのか。もしその方が璃鈴のためになるなら……」

 ぶつぶつと考え始めてしまった龍宗を、秋華は微笑ましく見つめる。


 皇帝なら、神族の娘との契りに特別な意味があることを知らないはずがない。それでも龍宗は、何も知らない璃鈴を無理に散らそうとはしていない。璃鈴が本当に大切にされていることが、秋華にもまるで自分のことのように嬉しかった。

 どうやら結論の出たらしい龍宗が、顔をあげた。


「もうしばらくは、あのままでいい。慣れたら、お前に頼むこともあろう」

「かしこまりました。では、ぜひよきお導きを」

 心から深く頭を下げた秋華は、一人で部屋の中へと入る。璃鈴は、一通り衣を身につけ終わった後だった。