「本当によかったです。やはりお一人で舞うとなると、大変なのですね」
一人で舞い続ける璃鈴の姿を見て秋華も、自分も共に舞うことができれば、とずっとやきもきしていたのだ。
「大丈夫よ。私は雨の巫女だもの。必ず雨を呼ぶことができると思っていたわ」
璃鈴はそう言うが、雨を呼べなかったことで秋華はずっと気になっていたことがある。
『皇帝とその身を交えて一つとなること。そうすることで、天と地を正しく巡らせることができる』
皇后の教育を受ける時に長老から教えられたことだ。龍宗と璃鈴は、同じ褥で眠りながらも、いまだ夫婦の契りを交わしていない。もしやそれで天が璃鈴を皇后として認めていないのかと、ずっと心配していた。だが、今日雨を呼べたことで秋華は、それが取り越し苦労だったと胸をなでおろす。
「あ、でも……」
璃鈴は、ふと夕べのことを思い出して衣を脱ぐ手を止めた。ぐっしょりと濡れた衣は、肌にはりついて簡単には脱げない。
「何でしょう?」
「夕べ、龍宗様が舞の手ほどきをしてくださったの」
「龍宗様が、ですか?」
脱がすのを手伝いながら、秋華は目を丸くする。
「ええ。どうして舞の事を知っていたのかしら」
少し考えてから、秋華は口を開いた。
「陛下のお母様は前の雨の巫女ですし、練習の時などに陛下の前で舞われることもありましたでしょう。その舞を覚えていたのかもしれませんね」
「そうね……そうよね」
それにしては、璃鈴の動きに寸分の狂いもなく重なったあの舞が気になった。龍宗に合わせるためには、璃鈴も正しく舞を舞わなければならなかったのだ。
二人で舞った時の高揚感を思い出すと、また璃鈴の肌に粟がたつ。
(あれはなんだったのかしら)
「それに……くしゅん!」
言いかけた璃鈴が、派手にくしゃみをした。
「あら、お体が冷えたのでしょうか」
「どうかしら。体調は別に悪くないのだけれど」
むしろ今の璃鈴は、夕べの龍宗との舞や雨を呼べたことなどで、興奮すら覚えている。
璃鈴が脱いだ濡れた衣装を、秋華は手早くまとめて振り向く。
「麦湯を用意してもらいますね。璃鈴様はよく体を拭いてから衣をお召しになってください」
『璃鈴、ちゃんと体を拭いてから服を着て!』
ふと璃鈴は、湯浴みのあとでよく秋華にそう注意されていたことを思い出した。
言葉遣いは変わっても、璃鈴の心配をする秋華の態度は変わらない。
「はあい」
(秋華は秋華……よね)
くすくす笑い始めた璃鈴を不思議そうに見てから、秋華は濡れた服を持って部屋を出た。
「秋華様」
秋華が廊下を急いでいると、ふいに陰から声をかけられた。その声に気づいた秋華は、あたりをうかがいながら、廊下の隅にいた一人の侍女に近寄る。侍女は、黙ったまま秋華に小さい包みを渡してすぐに背を向けて行ってしまった。
秋華はつかの間その包みに視線を落とすと、すばやく胸のあわせにそれをしまう。そうして璃鈴の濡れた衣を持ち直すと、また何食わぬ顔で廊下に戻っていった。
秋華が出て行ったあと、璃鈴は裸のままで濡れた髪を手拭いでぬぐっていた。濡れた肌はひんやりとしていたが、むしろ体は火照って暑いくらいだ。それでも、秋華が戻ってくる前には服を着ていないと、またやんわりと小言が始まってしまう。
濡れた髪を適当に束ねながら、璃鈴が長椅子に置いてあった衣に手をのばした時だった。
かちゃり、と、扉の開く音がして、璃鈴はあわてて振り返る。
「秋華、早かっ……!!」
てっきり秋華だと思って声をかけた璃鈴は、そこにいたのが龍宗だとわかると小さく悲鳴をあげた。龍宗も、思いがけない光景に目を丸くしている。
一人で舞い続ける璃鈴の姿を見て秋華も、自分も共に舞うことができれば、とずっとやきもきしていたのだ。
「大丈夫よ。私は雨の巫女だもの。必ず雨を呼ぶことができると思っていたわ」
璃鈴はそう言うが、雨を呼べなかったことで秋華はずっと気になっていたことがある。
『皇帝とその身を交えて一つとなること。そうすることで、天と地を正しく巡らせることができる』
皇后の教育を受ける時に長老から教えられたことだ。龍宗と璃鈴は、同じ褥で眠りながらも、いまだ夫婦の契りを交わしていない。もしやそれで天が璃鈴を皇后として認めていないのかと、ずっと心配していた。だが、今日雨を呼べたことで秋華は、それが取り越し苦労だったと胸をなでおろす。
「あ、でも……」
璃鈴は、ふと夕べのことを思い出して衣を脱ぐ手を止めた。ぐっしょりと濡れた衣は、肌にはりついて簡単には脱げない。
「何でしょう?」
「夕べ、龍宗様が舞の手ほどきをしてくださったの」
「龍宗様が、ですか?」
脱がすのを手伝いながら、秋華は目を丸くする。
「ええ。どうして舞の事を知っていたのかしら」
少し考えてから、秋華は口を開いた。
「陛下のお母様は前の雨の巫女ですし、練習の時などに陛下の前で舞われることもありましたでしょう。その舞を覚えていたのかもしれませんね」
「そうね……そうよね」
それにしては、璃鈴の動きに寸分の狂いもなく重なったあの舞が気になった。龍宗に合わせるためには、璃鈴も正しく舞を舞わなければならなかったのだ。
二人で舞った時の高揚感を思い出すと、また璃鈴の肌に粟がたつ。
(あれはなんだったのかしら)
「それに……くしゅん!」
言いかけた璃鈴が、派手にくしゃみをした。
「あら、お体が冷えたのでしょうか」
「どうかしら。体調は別に悪くないのだけれど」
むしろ今の璃鈴は、夕べの龍宗との舞や雨を呼べたことなどで、興奮すら覚えている。
璃鈴が脱いだ濡れた衣装を、秋華は手早くまとめて振り向く。
「麦湯を用意してもらいますね。璃鈴様はよく体を拭いてから衣をお召しになってください」
『璃鈴、ちゃんと体を拭いてから服を着て!』
ふと璃鈴は、湯浴みのあとでよく秋華にそう注意されていたことを思い出した。
言葉遣いは変わっても、璃鈴の心配をする秋華の態度は変わらない。
「はあい」
(秋華は秋華……よね)
くすくす笑い始めた璃鈴を不思議そうに見てから、秋華は濡れた服を持って部屋を出た。
「秋華様」
秋華が廊下を急いでいると、ふいに陰から声をかけられた。その声に気づいた秋華は、あたりをうかがいながら、廊下の隅にいた一人の侍女に近寄る。侍女は、黙ったまま秋華に小さい包みを渡してすぐに背を向けて行ってしまった。
秋華はつかの間その包みに視線を落とすと、すばやく胸のあわせにそれをしまう。そうして璃鈴の濡れた衣を持ち直すと、また何食わぬ顔で廊下に戻っていった。
秋華が出て行ったあと、璃鈴は裸のままで濡れた髪を手拭いでぬぐっていた。濡れた肌はひんやりとしていたが、むしろ体は火照って暑いくらいだ。それでも、秋華が戻ってくる前には服を着ていないと、またやんわりと小言が始まってしまう。
濡れた髪を適当に束ねながら、璃鈴が長椅子に置いてあった衣に手をのばした時だった。
かちゃり、と、扉の開く音がして、璃鈴はあわてて振り返る。
「秋華、早かっ……!!」
てっきり秋華だと思って声をかけた璃鈴は、そこにいたのが龍宗だとわかると小さく悲鳴をあげた。龍宗も、思いがけない光景に目を丸くしている。