ぐ、と体重をかけられた璃鈴は、反射的に思い切り龍宗を突き飛ばした。

「うおっ?!」

「何をなさいます?!」

 璃鈴のそんな行動をまったく予測していなかった龍宗は、あっさりと長椅子から転げ落ちてしまった。体を起こして、ため息をつく。


「……それはこっちの台詞だ」

「い……いくら夫婦とはいえ、こんな乱暴な仕打ちをうけるいわれはありません!!」

「なに?」

 床に座り込んだままの龍宗を、長椅子に起き上った璃鈴は真っ赤な顔で怒鳴りつける。


「私は陛下に危害を加えたりはいたしません! なのに……なぜこんな無法者に対するような乱暴な仕打ちをはたらくのですか?!」

「は? いや、お前……」

 何かを言いかけた龍宗が言葉を切った。握りこぶしを作った璃鈴の腕が震えていることに気づいたのだ。 


 璃鈴は、初めて触れた男性の体に恐怖を感じていた。

 自分を簡単に抱え込んだ力強い腕。まるで板のような硬い体。油断していたから璃鈴でも突き飛ばすことができたが、もし本気で押さえつけられたらそんなことはできなかった。璃鈴が触れたのは、そう確信するだけの重い筋肉。見下ろす瞳は、いつか見たような強烈さで、間近な分、その熱が恐ろしいほどに伝わってきた。

 龍宗がなにをしようとしたのかを知らない璃鈴にとって、それは本能的な恐怖となって彼女を襲った。


 鼻息も荒い璃鈴の様子を見ながら龍宗は、しばらく何か思いめぐらせていた。そしてゆっくり立ち上がる。

「そうか。驚かせて悪かった。お前がおびえるようなことはもうしない、安心しろ」

「え? ……あ、はい」

 先ほどの強い視線は、嘘のように龍宗の瞳から消えていた。その落差に、璃鈴はきょとんと返事をする。


「……何も、知らないのか」

 ぽつんと呟いて前髪をかきあげた龍宗を、璃鈴はあどけなく見上げた。

「何を、ですか?」

「いや、いい。こちらの話だ。お前は、今夜、どうしろと言われた?」

「今夜ですか? 何事も、陛下の思し召しの……ように、と……」

 思い出して璃鈴は、今度は青くなった。


(わ、私、陛下を思い切り突き飛ばしちゃった!)

 龍宗は、きっと何かをしようとしていた。そのことに思い至らず、璃鈴は自分の感じた恐怖に従って龍宗を拒絶してしまったのだ。


「も、申し訳ありません! 私……」

「気にするな」

 あわてて長椅子から飛び降りた璃鈴は、その場に伏せる。すると、龍宗もその場に膝をついて、そ、と璃鈴の髪に触れた。

「徐々に慣れていけばいい」

 璃鈴が顔をあげると、穏やかな表情になった龍宗と目が合った。


 婚儀の時に見た冷たい視線でも、さきほどの威圧的な視線でもない。微かに笑んだその顔は、璃鈴をいたわるように優しかった。

「陛下……」

「だが、せっかくの初夜だ。少しくらいは許せ」

 言うが早いか、龍宗は璃鈴の体を両手で抱えて抱きあげると立ち上がった。


「きゃ……」

 驚く璃鈴だが、何事も龍宗の思し召しのままに、という秋華の言葉を思い出して、今度は、じ、としていた。龍宗はそのまま、天蓋のかけられた寝床へと璃鈴を抱いていく。

 小さい体を縮こまらせて、璃鈴は強く目をつぶった。


(大丈夫。乱暴はしないとさっき約束してくださったもの。何をされるかわからないのが怖いけれど……きっと大丈夫)

 龍宗は、震える璃鈴を柔らかい褥の上にそっと横たえた。そして、璃鈴の首元の衣をくつろげると、そこへと顔を近づける。