迎えた舞台の公演は大成功だった。
 会場は数百人も収容できる市民ホール。今回は高校生以外にも、演劇部保護者やOBOG、それに一般の方たちも訪れていた。
 やっぱりゆずきはすごい。
 彼女の瑞々しい演技が会場を魅了し、喝さいを浴びた。
 ひいき目抜き、お世辞も抜きで、とにかく異彩を放っていた。
天井の三方向から当たるスポットライトを浴びながら、ゆずきはしなやかに全身で感情を表していた。それこそ、足のつま先から手の指先まで、観る者を惹きつけて。
 彼女には、放ったセリフとは反対の感情を想像させることもできた。
 そして、セリフのないシーンでも他の役者のセリフや動きに対する反応を大事に演じる。それらが自然にできるのは相当のレベルだ。
 舞台袖から見ていた僕は、会場の誰もがゆずきの表情を見逃すまいと、瞬きせずに前のめりになっているようにさえ見えた。
 その演技はシーンの匂いまで感じさせる。
 草の香り、潮風の香り、そして、彼女がまとう花の香りまで。
 実際に舞台にはセットとして存在しない、レンガの塀や木の手触りまでも伝わってきた。
 これは、ゆずきが役づくりの過程でいかにたくさんの選択肢を考え、そして選び抜いてきたかということを表している。
 僕は結局、小説に何も書き足さなかった。
 一文、『舞台の成功』を書けば事は楽に運んだんだろうけど、そもそもそうする必要さえなかった。
 彼女の才能はこの舞台を観た誰もが認めるところだろう。でもそれ以上に今回の成功は、見えないところでしてきた彼女の努力の結晶でもある。